白く反射する銀色の夜は、光と影が何かの輪郭を鮮明に浮かび上がらせる。まるで過去の記憶が深い雪のように舞い上がってくるかのように。
そこに雪男が現れることだってある。彼はもしかすると、過去の自分を内在する姿かもしれない。
だから、この銀世界でその雪男と出会ったなら、僕は一歩踏み出そうと思う。恐れることなく、しっかりと彼に挨拶をするのだ。つまり過去の自分を大切にしてくださいとお願いするのさ。そうすることで、明日を確実に生きる未来が、雪のように音を立てずにやってくるような気がするから。
「雪明かりの夜」
大理石の細い柱が連なり透かし彫りで繋がる回廊は、まるで光が差し込む冷たく温かい林だ。
僕は君とともに、この回廊を無言で歩く。
君のドレスの裾が風に合わせて踊るように揺れている。
先には手足の長い猫が居て、静かに僕たちを観察している。猫の表情は過去の秘密と未来の予感が交わり合っている。
一羽の小型の白孔雀が僕たちの前を優雅に横切ると、時間が静止したかのように感じる。
こうして、僕は夢を見るために長い回廊を歩いている。
そして夢を抱えたこの場所で、静かに物語が生まれて来るのを待っているのだ。
「光の回廊」
「ねぇアビー、僕たちは死んだらお星さまになるのかな?」
茶々丸の声は、夜空に溶け込むように響いた。満天の星空は、まるで宇宙の奥深い秘密を知っているかのようだった。
「そうだね、茶々丸。君はみんなに愛されているから、きっとお星さまになるよ」
アビーは、琥珀色の目を無限の光でいっぱいにさせて答えた。
「僕の場合は、猫天使だから、生死の概念という世界には存在しないんだ。だから、死ぬってことはないんだけどね。それに君だって、まだまだこの世界で猫として愛され続けるんだよ」
「そっか、でもいつかは僕はお星さまになって、そして星座になれるのかな〜」
茶々丸は少し尻尾を振りながら、夢見るような表情を浮かべた。
アビーは空を見上げ
「その時は、僕は星々の間に君の姿を思い描くだろうね」
と柔らかい声で言った。
「でもさ、みんながみんないつかお星さまになったら、夜空はお星さまで渋滞しちゃうね」
茶々丸は不安げにつぶやいた。
「大丈夫だよ。みんながお星さまになれるわけじゃないんだ。善くないことをすると、魂はバラバラになってしまってお星さまにはなれないんだ。そして、愛された者だけが星座になるんだよ」
アビーの言葉は温かく茶々丸の心に届いた。
「愛する者を想って、心の目で夜空に星座を描くのさ」
「ふーん、星座って愛で出来てるんだね」
茶々丸はしばらく考え込み、そして声に出さずニャッと鳴いた。
その笑顔は、きっといつか夜空の星になるだろう。愛されるってキラキラってことだよ。
「星になる」
小学生の時、僕はヨーロッパのある美しい都市に住んでいた。その頃の父の収入は、日本の大学からのものと、国からの助成金、さらにその都市にある大学からの奨学金から成り立っていて、閑静な住宅地に住むことができた。
周囲は、落ち着いた雰囲気を醸し出す古い家々に囲まれ、絵本から飛び出してきたかのような場所だった。
家の近くには、尖塔に鐘を持つ小さな教会が佇んでいた。教会の外壁は、年月を経た気品あるレンガで覆われ、その土地の歴史を物語っていた。
でも、住んでいる間、行き交う人々の生活音や、かすかな風の音が時折耳に入るだけで、鐘の音の記憶は全くないんだ。教会は静かに存在していただけだった。
日本に戻り大人になった今、僕が鐘の音といって思い起こすのは、大晦日の除夜の鐘だ。その響きは、心に静けさをもたらし、新たな年の訪れを告げる。
ヨーロッパの教会の鐘も、きっとどこかでそんな音を響かせているのだろか。
僕の記憶の中では、その教会の音は形を持たずに消えてしまったけれど、ひょっとしたら、遠く懐かしい光景の空気の震えとして無意識深くに眠っているのかもしれない。
「遠い鐘の音」
ディアーヌは、静まり返った夜空を深い悲しみを持って見上げる。彼女の愛するオリオンが、彼女の矢によって星になってしまったからだ。
彼女は、赤いドロップを口に含み、いつまでも彼の姿を求めている。
オリオンの輝きが彼女の心を引き寄せても、その距離は永遠に縮まることがない。どんなに手を伸ばしても触れることは出来ないのだ。
彼女の心は夜空を彷徨っていた。
そんな中、オリオンの忠実な犬シリウスは、冬の冷たい空でまるで真夏のような輝きをオリオンの隣で放っている。
シリウスは、オリオンを追い続けるディアーヌの悲しみを温めやさしく和らげてくれる存在だ。
そして悲恋の恋人たちを力強く見守ってくれている。
ディアーヌはそんなシリウスを見て、それから赤いドロップをまた一つ口に含ませ切ない息をするのだった。
「夜空を越えて」