10年後の私から届いた手紙
全てのものが輝いて見える異国の街で、「修行」という名目で、遊び回っていた若輩者へ宛てて。
「日本は、奇妙で、奇天烈に面白い」
店の名物として、映えれば良いと、開業前に購入したアンティークの振り子時計が、正時になり、重い鐘の音を鳴らし始める。
午後五時。営業開始時間には、まだ少し余裕のある、夕刻の時間帯に、店内の空気が、変わっていくような、そんな前触れみたいなものをのを今日も感じる気がした。
「マスター、荷物ここに置いておきますね」
「ああ、わかってる」
古い顔馴染みの商店から、ナッツや、ドライフルーツ等を、店まで運んできてくれる、黒髪の青年。何度見ても、変わらない。好感の持てる笑顔で接して来る彼に、会うたび、心が痛くなる。
「よかったら」と、私は、硝子で作られている汲み出し茶碗に、氷を少し入れた緑茶を、まだ客の居ないカウンターテーブルへとそっと置いた。
「ありがとうございます」
「この時間帯も、だいぶ暖かくなってきたね。急ぎじゃないのなら、お饅頭もどうぞ」
対面する席へと座った彼が、お茶に添うよう置かれる、丸い形をした饅頭を見て「甘い物好きなんですよ」と、きらきらと、喜んでくれるものだから彼を送り出してしまうのが、惜しい気持ちにもなってくる。
「?この匂い...」
「御香を焚いてみたんだ。店内の雰囲気と合うんじゃないかとも、思ってね」
「でも、これ、線香みたいな香りじゃないですか?」
「流行りなんじゃないかな」
咄嗟だとしても、我ながらその言い訳はノーセンスだろう。そう呆れが出たのを顔には出さないが、クロスでグラスを磨いている手元が止まるくらいには、動揺していた。
(困ったな。)
どう誤魔化したものかと、彼の様子を伺ってみると、視線は、店内の別の興味に注がれていて、「へー」と、納得したのかしていないのか、それ以上の疑問を投げかけてくることは、無かった。
「ご馳走様でした、えっと次の配達日は」
そう言って丸椅子から立ち上がった彼が、スケジュールを確認しようと、ズボンのバックポケットから、スマートフォンを取り出す見慣れた動作をする。それに連れてしまった私は、「ちょうど来週の金曜日かな」と、マウントの様なタイミングで言葉を出してしまい、再び墓穴を掘り進めてしまう。
「あ、はい。うちの店長から聞いたんですか?」
計画通りに進まない状況に、嫌気が指してきて、いっそのこと放棄してしまおうか、という考えを「ああ」という空返事で上書きし、優しい顔も、作り直す。あと少しだ。
「有難うございました、今後ともご贔屓に。」
丁寧に頭を下げて、入口から出て行く、彼を見送って、それで終わり。
私は、詰まっていた息を吐き、「疲れるな」と独り言を漏らしながら、カウンターテーブル内側の客から見えにくい隅に、置いてある予備用の椅子に腰掛けた。
今日も、自分に出来ることを、とりあえずやってみた。後は、明日の結果を待つのみである。
本来なら、専門家に依頼した方が良い、事案なのだろうが、あの邪気の無い笑顔を見ていると、どうも手荒なで方法で、解決する気にもなれない。
「地縛霊ねえ」
備品等の収納用に、テーブルに備え付けられている引き出しの中から、何時でも読めるようにと、持ち歩く様になった、その本を取り出し、軽く読み返していると、ファンタジー映画でも観ている、少年のような気持ちが湧いてきて、つい笑みが溢れた。
果たして供物を食べさせたくらいの事で、本当に効果が出るものだろうか。
時計の針が、六時半分を指そうとしている。ページを閉じて、引き出しへと戻した後、椅子から立ち上がり、軽く背伸びをすると、年相応の体の軋む音がした。他の従業員が来る前に、マスターとして、そろそろ開店の準備を始めなければ。
入り口に軽く手を合わせ、何時ものように消えて無くなっている荷物には、目もくれずに、何処かの国で購入した、モダンな暖簾を潜ってバックヤードへと入った。
午後七時、鐘の音が、静かな店内に鳴り響く。サンダルウッドの香りは、まだ強く、そこに残っているようだった。
(後書き。)
お題がノンデリだったので創作^^;
、
壮年バーテンダー主人公なの、ちゃんと伝わってますか?若葉マーク
2/15/2026, 11:59:59 AM