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同情

同情をされるのは嫌いだった。
見下されている気がするから。

そう思っていたのに、そうしてでも手に入れたいものが見つかった。
自分を傷つけて、可哀相だと思うなら、一緒にいてって、誰かを縛ろうとした。

まぁそんなことで縛られてくれるバカも世の中いないから、自分がどんどん傷ついてくだけだった。

ほら、自分、可哀相でしょ?
ずっと自分の中でそんな思いがあった。

ふと気づいた。

そんなんで自分らしく生きるとか、ムリじゃね?って。

誰かと一緒にいたいと思っていた。
それは子泣き爺なみに寄りかかる状態じゃない。

誰かが一緒にいたい時にいて、自分が一緒にいたい時にいてくれるのがベスト。
でも、現実は一緒にいられるように調整して、調整して、やっと一緒にいられる日々。

調整って何だろう?
何でそんなことをしないと、一緒にいられないのか?

お互いにやりたいことが別であって、お互いに今まで付き合ってきた人たちとの付き合いもあって、それもしながらって、欲張っていたからじゃないかと思った。

生きている時間は限られているのだから、思いっきり人生謳歌するためにはそうせざるを得なくて、息を切らして走っていたようだった。

一回、止まってみようと思った。
自分は今、周りに影響されすぎていると思っていたから。

一回、止まってみたら、いろんなものが見えてきた。
自分を心配してくれる人、自分が本当にやりたかったこと。
一緒にいたいと本当に思える人。

自分の世界は、いろんな人たちに囲まれているものじゃない。
それは自分がひとりひとりに対して、丁寧に動きたいと思っていたから。

それでいいんじゃないかと思った。

鎖国はしない。
でも、ウェルカムパーティもしない。

自分が一緒にいたい人といる。
ただそれだけ。

ひとりだとまた影響されすぎるから、それを何人か。

自分、可哀相でしょ?
そう思う必要はない。
自分は可哀相じゃない。
日々頑張って生きてるけど、楽しくやってる。

同情されてると思うのは、自分に負い目があるからなんだと思う。
誰かより劣っていたとしても、生きてくのに支障はない。

何かを失敗したとしても、やりなおしてみればいいだけ。

そう前向きに考えていたら、少しずつ雲が晴れていく気がした。

一度きりの人生、立ち止まってばかりはいられないから、また少しずつ動いてみようと思った。

2/20/2026, 10:17:45 PM