〈冬へ〉
寒い風がゴウゴウと吹き荒れる真っ白な世界の中を一人の少年が歩いていた。精々小さな水筒とサンドイッチぐらいしか入らなさそうな鞄を背負い、薄い半袖を着ている。というのも彼はこんな寒いところに来るつもりでは無かったからだ。この辺りに住む男の子の間で流行っている「森の冒険ごっこ」の途中で道に迷ってしまったのだ。熱帯に位置する彼の国には「冬」など存在しない。だから森を抜けた先にこんな場所があるなんて、彼は予想していなかった。勿論すぐに引き返そうとしたが、吹雪のせいで前も後ろも分からなかった。
「どうしてこんな所にいるの?」
真っ白な世界から突然少女が現れた。美しい真っ白な髪を靡かせて、震えることも無く真っ直ぐ立っている。年齢は少年よりもほんの少し上のように見えた。少年は答えようとしたが歯がカチカチと鳴るばかりで声は出なかった。
「このままじゃ死んでしまうわ。着いてきて。」
少女は自分の暖かそうなコートを少年に着せた。そのおかげで彼の気分は随分良くなった。少し歩き小さな小屋にたどり着いた。その中はかなり暖かかった。
「君は誰?」
「私は雪女。私が居たら辺りが全部冬になってしまうの。だから村から追い出されてここで一人で暮らしてる。」
「寂しくないの?」
「別に。もう慣れたから。」
そう言う彼女の美しい顔には悲しみの色が浮かんでいた。少年は何か言おうとしたが、どんな言葉も彼女を慰められないような気がした。
「貴方ももう帰るべきよ。私のことなんか忘れて、また夏を楽しみなさい。」
彼が「もっとここにいたい」と言う前にこれまでよりも更に強い風が吹き抜け、彼は魔法のように飛ばされた。気がつくと迷子になった森の中にいた。
「冬」や「雪女」について知らなかった彼は図書館の本を読み漁った。海を超えた北の国には「冬」があり、あの時のように真っ白な世界になること、そこには彼女のような「雪女」も数人いるということが分かった。そしてもう一つ、衝撃的な事実も知った。
少年は大人になり、様々な生きる術を身につけた。遂に時は来た、と彼は確信した。今度は分厚い毛の服と大きな鞄を背負い、家を出た。彼が一度迷子になってから以降立ち入り禁止になっていた森を抜けて、少女の元へと向かった。
真っ白な世界の中にあの時の小屋を見つけた。彼は思わず笑顔になり、冷たい風が刃のように吹きつけるのも構わずに走りぬけた。
小屋の中にあの時の少女がいた。彼女も彼のように大人になり、ますます美しくなっていた。
「遅くなってごめん。ずっと会いたかったんだ。」
彼女は驚きを隠せていないようだ。
「どうして?一回会っただけの全くの他人なのに。」
「いや、他人じゃ無いんだ。僕は君の弟だ。」
「え?どういうこと?」
「詳しい話はこれからするから、早くここを出よう。一緒に北に向かおう。」
「そこには何があるの?」
「冬だよ。」
彼の手を取り、彼女は駆け出した。
彼女が近づくたびに凍る海を超えて、姉弟は冬へと走って行った。
11/18/2025, 9:13:50 AM