もんぷ

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君が見た夢

「そういえば、今日夢に出てきてん。」
細い腕には似つかない重そうなジョッキを煽った後に、なんでもないことのように溢した彼の一言が鼓膜を響かせる。こちらもなんでもないように、へぇーと返すが、声の震えは居酒屋の喧騒に紛れて補正されて聞こえてくれないだろうか。顔の赤さもアルコールのせいだと都合よく解釈してくれるとありがたい。最後の一本のつくねを断りもなく口に運び、気分良く彼は話を続ける。
「なんか知らんけど俺の家におって、そんで机に山盛りのチーズケーキがあって二人で食べきれんなーって笑ってて。」
少しでも彼の脳内に自分の存在が残っていたからそれだけで嬉しいと思っていたが、あまりにもその現実との差異に虚しさが募る。どれだけ酔っても必ず家にはあげてくれないくせに。自分の家ばかり寄って、朝には自分よりも早く起きて特に寛ぐこともなく帰ってしまうくせに。だから、期待してはいけないのだ。家にあげるのを許してくれる彼は、現実の彼ではない。チーズケーキが自分の一番の好物であるのも彼は知らないないだろう。居酒屋にはそんな洒落たメニューは無いし、家ではただ眠りにつくだけ。だから、彼がそのことを知るはずがないのだ。ふーんと興味なさげに声を出して自分のグラスを見つめていると自然と話は流れた。これで良かったのだろうか。何かこの関係を変えるきっかけにはならなかっただろうか。まだ彼といるのに一人でに反省会を始めようとするのは酔った自分の悪い癖だ。勝手に期待して、勝手に落ち込んで、勝手に悩んで、何をしたって変わらないのに。ふぅと大きくついた息は、また喧騒に紛れる。彼が見た夢の中にいる自分が素直になって、この気持ちを全て伝えてくれたら楽なのに。たまには居酒屋ではなくカフェに行きませんか。たまにはそっちの家に行っても良いですか。たまには自分のことをどう思っているのか教えてくれませんか。山盛りのチーズケーキを手土産に二人でアルコール無しで笑える関係にしてくれませんか。それを言って少しでも変な空気になってしまったら、酔った彼が変な夢だと勘違いしてくれれば良いのに。もしこれらのどれかを了承してくれるなら、眠れない自分も安心して彼の隣で目を瞑れるのに。そのどれもを伝えることもなく、今日が終わって日付が変わる。

12/17/2025, 10:59:45 AM