もんぷ

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12/21/2025, 4:12:58 AM

どこへ行こう

 せっかくの休みだし、買い物でも行こう。去年は何を考えてこの服を着ていたのかと問いたくなるほどのセンスの無いワードローブに文句を言いながら出かける準備をする。おしゃれな服屋に行くなら、それ相応の格好してないと、話しかけられた時になんか気まずいし。どこへ行こう…そんなことを考えながら歯を磨いていた時、ふとLINEが鳴った。

「いまなにしてる?」
変換も惜しいほどの彼のせっかちさと、独特のイントネーションでその文字列を話す彼の姿を想像しては少し口元が緩む。
「服買いに行こうとしてた」
自分で打った文字を読み返して送信ボタンを押す…前に全て消した。全く違う文を打って、返信を待つ彼のイライラを抑えるために今度は早く送る。
「何もしてない」
嘘ではない。服を買いに行こうとしてただけで、今は何もしてない。緩みそうになる口元を抑えながら歯磨きも終えたのだから、今は本当に何もしてない。
「うちきて」
間髪入れずに送られてくる彼のメッセージは自分の暇を見越してのこと。そんなにいつもいつも暇じゃねぇよと思いつつ、彼のためになら暇になってなれてしまうのだから説得力が無いなと感じた。さっきまで着ていたよそ行きの服を脱ぎ捨てて彼のパーカーを羽織る。あーあ、本当にめんどくさい。だけど、どこへ行こうか考える手間が減ったと思えば良いのかもしれない。

12/17/2025, 10:59:45 AM

君が見た夢

「そういえば、今日夢に出てきてん。」
細い腕には似つかない重そうなジョッキを煽った後に、なんでもないことのように溢した彼の一言が鼓膜を響かせる。こちらもなんでもないように、へぇーと返すが、声の震えは居酒屋の喧騒に紛れて補正されて聞こえてくれないだろうか。顔の赤さもアルコールのせいだと都合よく解釈してくれるとありがたい。最後の一本のつくねを断りもなく口に運び、気分良く彼は話を続ける。
「なんか知らんけど俺の家におって、そんで机に山盛りのチーズケーキがあって二人で食べきれんなーって笑ってて。」
少しでも彼の脳内に自分の存在が残っていたからそれだけで嬉しいと思っていたが、あまりにもその現実との差異に虚しさが募る。どれだけ酔っても必ず家にはあげてくれないくせに。自分の家ばかり寄って、朝には自分よりも早く起きて特に寛ぐこともなく帰ってしまうくせに。だから、期待してはいけないのだ。家にあげるのを許してくれる彼は、現実の彼ではない。チーズケーキが自分の一番の好物であるのも彼は知らないないだろう。居酒屋にはそんな洒落たメニューは無いし、家ではただ眠りにつくだけ。だから、彼がそのことを知るはずがないのだ。ふーんと興味なさげに声を出して自分のグラスを見つめていると自然と話は流れた。これで良かったのだろうか。何かこの関係を変えるきっかけにはならなかっただろうか。まだ彼といるのに一人でに反省会を始めようとするのは酔った自分の悪い癖だ。勝手に期待して、勝手に落ち込んで、勝手に悩んで、何をしたって変わらないのに。ふぅと大きくついた息は、また喧騒に紛れる。彼が見た夢の中にいる自分が素直になって、この気持ちを全て伝えてくれたら楽なのに。たまには居酒屋ではなくカフェに行きませんか。たまにはそっちの家に行っても良いですか。たまには自分のことをどう思っているのか教えてくれませんか。山盛りのチーズケーキを手土産に二人でアルコール無しで笑える関係にしてくれませんか。それを言って少しでも変な空気になってしまったら、酔った彼が変な夢だと勘違いしてくれれば良いのに。もしこれらのどれかを了承してくれるなら、眠れない自分も安心して彼の隣で目を瞑れるのに。そのどれもを伝えることもなく、今日が終わって日付が変わる。

12/16/2025, 3:41:37 AM

明日への光

 忙しなくて息苦しい日常での唯一の光は、年末の夜だけ。炬燵布団が嵩張るからと暖房がついたカーペットに買い換えようとするあの子に必死に言葉を並べて、今年もその処分を見送らせた。だって、あれが無ければソファにもたれてテレビを見るという名目の中、コタツの同じ面を陣取って距離を詰めることができないではないか。0時を回った瞬間に盛り上がりを迎えるTVの音を遠くに聴きながら、ほとんど空になった缶を合わせておめでとうと言い合うだけ。これだけで直視したくはないタスクの溜まった明日も明後日も生きていける。

 あの子が引越ししたてに強引に取り付けた、年越しをここで過ごす約束。今年も何時に着くという確定事項だけメッセージで送りつけ、今年も拒否されなかったということに安堵してお土産の蕎麦と争奪戦寸前の新幹線の座席を予約する。友人が板についてしまったせいで進めることができなくなったこの距離感を、それでも手放したくない大晦日の夜を、あと何年許してくれるのだろうか。

 自分専用だと信じたい来客用の布団に身を委ねて、真っ暗な部屋であの子が眠りについた息を聞きながら過ごす夜が何よりも愛おしい。

12/15/2025, 2:35:42 AM

星になる

 目を瞑ると、眩しかったあの頃のことを思い出す。とても綺麗で、愛おしくて、純粋だったあの頃は、もう戻らないからこそ尚更眩く輝く。現実を直視せずに浮かび上がってくる思考の断片は、あの時のことをいつでも鮮明に浮かび上がらせる。もう卒業して久しいのに授業中に寝ていて怒られる夢を見るだとか、一緒に帰った道の全く盛り上がらない面映い空気を頭に描くだとか、そういうの。もう何をしたって戻ってこない数々は自分の中で星となり、何がどうなるか分からない未来に足がすくんだ時の光となる。ただ、そんな星にずっと縋り付いてもいられない。鮮明に目に見えても掴むことはできないそれは、眩しすぎて長時間直視できないそれは、今を生きる自分にとっての足枷となることもあるのだから。星を望んで、囚われて、いつまでも執着ばかりしていれば、うっかり自分が星となってしまう。どうせいつしか星になるなら、まだもっともっとこれからの未来に星を増やしていけるかもしれない。そんな淡い期待を持って今日も目を閉じる。紛れもなく自分の星となったあの人の眩しい顔を想像しながら、そっと暗闇に意識を手放した。

12/5/2025, 10:16:01 AM

きらめく街並み

 12月になってから2桁指折り数えるようになると、街は次第に赤と黄色の光を灯し出す。ベルの音が混じったオルゴールがBGMとして流れ出したのが聴こえる。大きくついたため息は自分のマフラーにのみ吸収されて2人1組で浮き足立って歩く人達には決して聞こえない。
 クリスマスはただの日だと声を大にして言えるようになったのは、デートやら何やらで休めない方が多数派の社会人になってからのことだった。そもそもその年末のイベントを楽しみにしていたのは、フィンランドからやってくる髭のおじいさんを信じていたあの頃ぐらいまでのことだったなぁとぼんやりと思う。
 経済面では現実的なプレゼントをくれる幻想的なおじいさんも、ある程度の値段のものをお互いに渡し合うような相手のどちらもいない自分は、一人寂しくネットで自分へのプレゼントを買う。ちょっと良い財布。自分の懐は寒いが、その懐自体も温めてくれそうなそのブツが届く時間帯までには家に帰ろうと決めて歩みを速める。
 もう冷蔵庫には何も無いからスーパーに寄らなきゃ、帰ったらあのメール返さなきゃ、明日の資料はどうだっけ、足よりもよく働く頭を労わりつつ、寒さに身体を縮こまらせる。仕事に必要な構想を頭の中で組み立てている間に、そういえばあまり寝ていなかったぞと思い出したようにあくびが襲いかかってきた。潤んだ目に、イルミネーションがきらめく街並みが眩しい。この光を何年も過ぎた先に、いつか自分も誰かに欲しいものをあげて、もらって、幻想的なおじいさんに進化する時は来るのだろうか。来ないような気もするが、まぁそれはその時だから。今は消費電力の計算はせずに純粋にその景色を綺麗と笑い合える人が欲しい…なんて、今はもう姿を現さなくなった赤い制服の人を思い浮かべて、控えめなお願いをしつつ、真っ暗な家の扉を開けた。

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