白井墓守

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『同情』

同情が嫌いだ。同情するなら、金をくれ。
しかし、同情しないから金を出せ、と言われたのは人生ではじめての経験であった。
…………は?

○○○

冬だというのに温かい陽気の中、僕は外に出た。
二月、雪が降ることもあるなか、早めの桜が民家に咲いている。
僕はそれを微笑ましく思いながら、散歩していた。

ふと、十字路を曲がった先。嫌なものを見た。

……高校の同級生の頃からの連れである腐れ縁の友達だ。
良い奴ではあるのだが、どうにも癖のある変人で、テストで百点以外を見たことがないが、常に突拍子もない事をしだして、僕の宿題を毎日写して凌いでいた。

春の桜の雅さが、彼を見ているとどうにも薄れる。
別の道を行くべきか……。

悩んで突っ立っているのが、悪かったのだろう。
庭に水をやっていたご婦人から、悪意無く水を掛けられてしまった。

張り付く前髪、ぐっしょりと張り付くシャツ。
暖かな陽気とはいえ、冬の寒い風がいっそう身に染みた。

申し訳無さそうに謝る婦人に対して、こちらも丁寧に謝る。
いつもなら避けられた。目の前の事に思い悩み、ぼーっとしていた自分が悪いのだ。

婦人との邂逅を終えると、すぐそばに、僕が水を被る事となった彼が立っていた。

「災難だったな」
「……同情すんな。同情するなら、金をくれ」
「同情はしない。だから、お前が金を出せ」

「…………は?」

「今、ちょっと手持ちに金が無くてな。なに、あとで利子をつけて十倍にしてやるから」
「……何に使うの、そんなの」
「ちょっとダンゴムシを繁殖させたくてな」
「……公園に行ってろよ」
「一匹、二匹ならともかく、数千、数億のダンゴムシが必要なのだ。公園からダンゴムシを死滅させる訳にもいくまい?」

彼が眉をくいっと、僕に向けた。コイツ、わかってないな。みたいな視線に腹が立つ。わかるか、んなもん。分かっても分かりたくないわ。

横暴で自信家でマイペースで、意味分からない行動をする彼。
おおよそ、人に物を頼む態度ではない。
彼に悪気はないのだ。だって彼は知らない。
おそらく、人に物を頼む態度を、必要としてこなかったためだろう。僕は、それに十分心当たりがあった。

「……いくらなの?」
「最低百万、上限は一億だ」
「一億なんて出せるか、……二百万なら」
「取引成立だ。良い商売をしたな?」

彼が満足げに去っていく。
僕はそれを、何も言わずに見送った。

○○○

後日、とあるニュースが話題になっていた。
『ダンゴムシで利益三兆円!! 若手天才ビジネスマン!』
どうやら、アイツはやってやったらしい。
小難しいことが書かれており、よく分からなかったが、どうやらアイツはダンゴムシを使って世界の進歩を一歩進め、莫大な財産と地位と名誉を得たらしい。
僕は何も驚かなかった。昔からこういうヤツだと知っていたからだ。

僕は手に入れた二千万円で、年老いた両親の家をリホームした。前々から、家にある階段が辛いと相談を受けていたのだ。
両親の笑顔に僕も嬉しく思う。
二千万なんて、到底、僕の平凡な稼ぎでは無理だった。
少しは、あの突拍子もない彼に感謝しても良いかもしれない。

そんなときだった。
彼から電話が掛かってきた。

「ちょっと人手が足りなくてな。少しの時期で良い、手を貸してくれないか。バイト代は弾むぞ」
「……良いけど、どこになの?」
「——火星だ」

「…………少し、考えさせてほしい」
「明日までに決めてくれ。では、宜しく頼む」

——僕は同情が嫌いだ。

急に話は変わるが、僕には婚約者が居る。
もうそろそろ結婚したいと考えているが、結婚にはどうにも金がいる。
しかし、結婚式は人生に一度きり。僕の顔は変えられないが、せめてお金に糸目をつけずに、したいようにしてほしい。お金の心配をして、妥協する彼女を僕は見たくなかった。
だが、無い袖は振れない。だが、ある袖はあるのだ。

もう一度、言おう。
——僕は同情が嫌いだ。同情するなら、金をくれ。

……どうやら、僕は火星に行くことになるらしい。


おわり

2/20/2026, 10:04:00 PM