そらめ

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同じの「同」に感情の「情」。
その二つを組み合わせたものを、「同情」と呼ぶ。

けれども、それは「同じ感情」という意味ではないのだろう。
同情している側がされている側の感情を幾ら推し測ったところで、その感情は同情している側の創り出した虚像にすぎない。
相手と寸分の狂いもなく、完璧に同じ感情を共有するなどということは、結局のところ不可能なのだろうと思う。

だが、同情とは一種の包容であると私には思えてならないのだ。
相手の感情を想像し、寄り添い、まるで自分のことのように考える。差異は免れないかもしれない。しかし、同情している時、人は自分の心を一旦放置し、相手のために使っているのだ。それは相手の心への包容と言えるのではないか。
それこそが同情の真価なのではないだろうか。


これは、ある夜の私の戯言であった。

2/20/2026, 2:09:58 PM