しんしんと雪が降る寒い夜。視界の先で白がヒラヒラと舞いながら景色に溶けた。
「随分と積もったなぁ」
そう呟く俺の手を少女がぎゅっと握る。子供のわりに大人以上におとなしい。この子は雪に見向きもしない。
もし俺が今、一人だったら。確実に積もる雪を踏み荒らして、縦横無尽に足跡をつけていただろう。
「お父さんのおうち、まだ?」
少女が俺に尋ねる。
お父さんのおうち……もとい、親友の実家に向かっている。この子にとって初めて訪れる地だから、ゴールが見えないのが不安なのだろう。
お父さんのおうちには、まだ辿り着かないかどうか。答えは「まだまだ先」だ。
街灯が少ない田舎町。同じような景色が続く。刺激が寒さしかないのでは、退屈にもなろう。
「お父さんのおうちはね、この町の一番高い場所にあるんだ。まだまだ先だよ」
「そっかぁ」
少女は暗い声を出す。俺だって、本音では行きたくない。長い長い坂を上るだけでもキツいのに、雪道を歩かないといけない。
事の発端は、親友の家出だ。理由は俺とこの子の仲が良すぎるから。蚊帳の外で寂しいそうだ。いくつになっても子供じみたことをする。しかも、家出と言いながら、行き先はしっかりと伝えてるし。構ってほしいなら素直に言えばいい。
俺たちに非がないだけに、迎えに行かずに帰りたくなってきた。
「ねぇ」
「なに?」
「雪だるま作ろうか」
「お父さんが待ってるよ」
「待たせておけばいいよ」
少女の返事も聞かず、俺は雪を集める。無心で雪を丸めていると、少しだけ寒さが遠退いていく気がした。
辺りに枝や石は落ちておらず、のっぺらぼうな雪だるまが完成した。
「お顔はないの?」
「朝まで残ってれば、誰かが顔を作ってくれるかもね」
「そっか」
少女が寒そうに腕を擦った。遊んでないで先に進むべきだった。
俺が雪だるまを作る間、手伝うでもなく、ただ見ているだけだった。体を動かして少し温かくなったのは俺だけ。「一緒に」と声をかければ、やってくれたかもしれない。
控えめなのか、他人に無関心なのか、一匹狼なのか。よくわからない子だと思う。学校でも同じように、ただ周りの子を見ているだけなのだろうか。友達はいないらしいし、少しばかり心配になる。
「行こうか」
少女は再び俺の手をぎゅっと握った。
どうすれば少女は笑ってくれるのだろうか。子供――まして異性の扱いに慣れない俺が、何をできるわけでもなく。
「ここはオジサンの故郷なんだよね」
「うん。俺だけじゃなくて、君のお父さんとお母さんの故郷でもあるよ」
「この町は夜でも少し明るいね」
「それは雪が降ってるからだよ」
「雪が降ると明るくなるの?」
「うん。雪が光を反射するから、ぼんやりだけど明るく見えるんだよ」
「そうなんだ。綺麗だね!」
幻想的な景色を見て、少女は嬉しそうに言った。その笑顔は雪明かりの夜に映える。
この笑顔を見るために、今夜があるのかもしれない。そう思うと、親友の家出も許せる気がした。
12/26/2025, 4:17:02 PM