星になる
【戦士は朽ちると、星になる】
それが、彼ら一族の合言葉だった。
誰も、何一つ疑問なんて抱かなかった。
――彼を、除けば。
夜は、大人たちの時間と決まっているのか。
「また、仲間が一人星になったな」
「ああ、善い最期だった」
彼らは空の星を仰ぐ。ウイスキーを片手に、なんの哀しみもない顔で、語り合う大人たち。
この集落では、いつもこうだ。
誰かの死は「名誉」か「屈辱」のどちらかに分類されている。
今回の大人は「名誉」になった。
「……そういえば。前のやつは本当に屈辱的な最期だったな」
思い出して、大人は息をつく。
「あぁ、あれは、馬鹿な死に方だった」
「あいつはたしか、子供がいたな。あの後から見ていないが、どうなった?」
「屈辱のやつの子供なんて、知るかよ。その辺でくたばってるのかもな」
どうも、酒が回っているのか。いや、この大人たちはいつも皆、こんな奴らばかりだ。
口を大きくあけて笑い、死者を中傷する大人たち。
――だから、こいつらはクズなんだ!
声にはしてはいけない。だから、心の内でできる限りの想いを、その眼にこめて、扉越しに睨んだ。
――ぼくの父さんは、立派に人を守ったんだ! おまえらこそ、今すぐくたばっちまえばいいんだ!!
そう。睨んでいるのは、もう孤児となってしまった、ひとりの少年だ。
彼はまだ、「戦士」にはならない年齢ゆえ、探されることはない。
【戦士】
それは。ただ闘い、寿命を縮め、栄誉をもって死すために生きた者たちの呼び名だ。
――ぼくは、あの合言葉がそれはもう、大嫌いだ。あんなのがあるから、父さんは星になったんだ!
睨んだ眼の視界が、しだいに歪んでいく。
――いっそ、ぼくがこの手で……!
そう思い、扉に掛けようとした手を、掴まれた。
『なんて顔、してるの』
ささやく声とその手は、震えていた。
現れた少女は、少年の手を握り扉から離れる。
少年の存在を、この世で唯一願ってくれる、そんな手だ。
「……ぼく、こんなところに居たくない」
星空の下、少年は呟く。冷たい風に身体を叩きつけられる。
ふいに、少女は少年の手を、強く握り。
「ふたりで、逃げよう」
「え……?」
「わたしね、ずっと準備はしてたの。おじさんが、わたしを守って死んじゃったあの日から」
振り向いた少女の眼に、少年は全てを悟る。
――強い、覚悟の眼だ。
息を呑むほどに綺麗なその眼に、少年は『戦士』をみた。
決して、死するための眼ではない。その真逆だ。
生きるための、なにかを守るための、眼をみた。
もしかしたら父の最期も、そんな眼をしていたのかもしれない。
ふと、星空を見上げた。
星は、なにも語らない。けれど、それでいいような気がした。
【戦士は朽ちると、星になる】
父は朽ちて、星になった。大切な命を守って。
そう思えば、あの合言葉がすとんと、腑に落ちた。きっと意味は違うけれど。
共に駆け出した足は、なんとなく軽かった。
なにも、縛られるものなどないというように。
そして。
その先に、もう【戦士】はいなかった。
いたのはただ、全うに生きた少年少女の、命がふたつ。
――それは、星のみぞ知る、ふたりの物語。
12/14/2025, 9:41:23 PM