白井墓守

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『10年後の私から届いた手紙』

10年後の私から届いた手紙は、たったの色褪せた半紙一枚だった。
“バカ”と一言書かれた紙にくすりと笑みが溢れる。

「バカはいったいどっちよ」

こみ上げてくる当時の想いに涙がこみ上げてくる。
すん、と鼻を啜った。胸が熱くなる。

——あぁ、まだ当時の思いはココにあるんだ。

ぎゅっと煩い心臓を強く抱きしめた。

○○○

10年前。
私は二つの道を迫られていた。

一つは確実で堅実な道。
……ただし、つまらない人生になる。

もう一つは危険で不確かな道。
……それでも私は夢を追いかけたかった。

ネイルアート。
爪にお化粧をする仕事。

『どうして趣味に留めて置かないの?』

何度も何度も、親や友達からそう言われた。
諦めようと、そのとおりだと……でも、諦め切れない私がいた。

そんなとき、一人だけ言ってくれた人が居る。

『人生、いつ死ぬかなんて分からないんだから、明日死んでも後悔無い道を選びなよ』

いつも花に水をやっている、どこにでもいる平穏な青年だった。
平和を求める、刺激や夢を追わないような彼がそう言うのには驚かされたが、それもそのはずだ。
あとになって思う。
彼は知っていたのだ。どんなに美しく咲く花も一瞬で枯れる。どんな花も永遠には咲き続けられない。

——命には、終わりがある。

と。
彼の言葉に背を押されたような気持ちになった私は、ネイルアートの世界に飛び込んだ。
色んな事があった。もうやめたいと、涙で枕を濡らす夜が続いた。それでもこの仕事を続けていたのは、きっと彼の一言があったからだ。

明日、死ぬなら……私は。

あと一日だけ、あと一日だけ。
私は、まだ夢を追っていたいのだ。

そんな気持ちで人生を一歩ずつ歩んで、十年が過ぎた。

私は、この決断を後悔なんてしない。
手元にある紙に笑いかける。

この紙は、過去の私が決別のために書いたものだ。
安定した道を外れて、夢を追いかける私に向けて書いたもの。

そうだ、私はバカだ。
でも、それでいいじゃないか。それがなんなんだ、やってやる!!
そんな気持ちで壁に貼って奮起していた、私宛の手紙。
いつの間にか剥がれて机の奥にしまいこんでいたもの。

「もう、これは要らないかな」

綺麗に折りたたんで、ゴミ箱へそっと滑らした。
10年前の私が笑って許してくれている姿がそこにはあった。


おわり

2/15/2026, 8:12:09 PM