降り積もる思いは、どう処理すればいいのだろう。二十数年生きていても、わたしはまだ最適解を見つけられずにいる。
我ながら感受性は豊かで、様々なことに対して敏感だと思う。だから色んなことに気を張って、色んなことに自分の思考を巡らせて、そのくせそれを口にすることが下手なせいで、考えや感情は昇華されずに溜まっていく。まるで、降り積もる雪のように。
この悪癖をわたし以上に嫌っていた、兄が死んだ。兄はわたしと異なって、後先を考えない行動が多い人だったし、自己中心的で周りに関心を持たないような人だった。わたしが言葉を詰まらせていると、いつも苛立ってわたしを急かして、最後にはわたしの言葉を代弁するかのように自分の気持ちを語った。兄とは折り合いが悪くて、兄がわたしを鬱陶しく思っていたように、わたしも兄を好ましく思っていなかった。自分がよければ周りなどどうでもいい、兄は常々そう思っている、と思っていた。
兄は死んだ、車道に飛び出した子どもを庇って。あの兄が、誰かのために身を投げうった。
煙を見ながら兄とのことを思い返してみる。けれどどれもがわたしの思い込みであったように感じられて、本当の彼の姿ではなかったように思われて、次第に記憶に靄がかかっていく。
両親が泣いている、たくさんの知らない人が泣いている。彼らから見たわたしの兄は、どんな人だったのだろうか。兄は本当に傲慢な人だったのだろうか。兄は本当に自分だけが大事だったのだろうか。兄は、本当はわたしのことを嫌ってはいなかったのではないか。
疑問が次から次へと積もり積もっていく。けれど、まだ言葉にはできそうになかった。
12/21/2025, 3:43:23 PM