近藤らく

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10年後の僕から届いた手紙




ある土曜日の朝、新聞を取りにポストへ向かうと、白い封筒が一通投函されていた。

表にはこう書かれている。

『十年後の僕へ』

見覚えのある文字だ。
――そうだ、僕の字にそっくりなのだ。

少しばかり薄気味悪くなったが、すぐにクラスメイトの悪ふざけだろうと思い直し、部屋へ戻ることにした。

机の上に封筒を置き、朝食をとろうと一階へ降りる。だが、不思議なことに両親はまだ起きていない。

いつもなら、とっくに物音がしている時間なのに。


仕方なく、机の上のバナナスタンドから、シュガースポットのほどよく浮いた一本に手を伸ばした。
その瞬間、僕は違和感を覚え、じっと目を凝らした。


黒い斑点の一つが__動いている。

……虫だ。

小さなゴキブリが一匹、バナナにへばりついている。

一気に食欲が失せ、ティッシュでつまんでゴミ箱へ放り込む。

夏になると必ず現れる。
だが、今年はやけに多い気がする。

冷蔵庫から水を取り、部屋へ戻った。
机の上には、さっき放り出した封筒がそのまま置かれている。

僕は一息ついて回転椅子に腰かけ、手紙を読み始めた。



『君にまだこの手紙を読む時間が残されているなら、どうか最後まで読んでほしい。

僕はまだ生きている。
かろうじて、生き延びている。

あの日を境に、食物連鎖は逆転した。

多くの人間が、小さきものに喰われた。

ミミズ、ダニ、アリ、ワラジムシ――
かつて分解者と呼ばれていたものたちは言葉を持ち、社会を築き、肉を食べる存在となった。

そしてその頂点に君臨するのが――ゴキブリだ。

彼らは獰猛だ。
人間たちは、何度も奴らに交渉を試みた。
だが、全てが徒労に終わった。

奴らは我々の持つ感情というものを、持ち合わせていないように思える。

しかしまだ人類は滅びた訳ではない。
七割が失われ、生存者は地下社会に潜伏して世界を取り戻す機会を待っている。

その中で、分かったことがある。

奴らの支配は、はるか昔から計画されていたということだ。

地下都市、偵察網、情報統制。
地表のすべては監視されている。

恐らく、君のいるその部屋にも、少なからず偵察隊がいるはずだ。

奴らは、人間が過去へ手紙を送ることができることを知らない。

この手紙を知られれば、彼らの計画を知った君は殺されるかもしれない。
(読み終えたら、この手紙は必ず燃やせ!)

我々は過去の人間へ警告を送っている。
力を合わせれば、あるいは未来を変えられるかもしれない。

生き延びろ。

そして未来を変えてくれ。』




読み終えた僕は、水を一気に飲み干した。

「ずいぶん手の込んだイタズラだな……」

手紙をもう一度机に放り出し、顔を洗いに行く。
戻ってくると――
机の上の手紙が消えていた。

風で飛んだのかと思い窓を閉め、机の下を覗き込む。


その瞬間、思わず僕は息を呑んだ。


散らばった手紙に、
何十匹ものゴキブリが、群がっていたのだ。

2/15/2026, 3:04:32 PM