近藤らく

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2/22/2026, 1:13:42 PM

太陽のような



太陽のような星が宇宙にいくつもあるように、
地球のような星もきっとどこかにあるはずだ。

寛は慣れた手つきで、天体望遠鏡のファインダーに触れながら呟いた。

夜空には無数の星。
今夜は新月で、天体部の部室には私と寛の二人きり。

寛は私に目もくれず、夢中で星を追っている。
その瞳を、私はずっと昔から知っている。

私がかつていた星からは、
小さな青い地球が見えていた。

幼いころ、父にねだって買ってもらった望遠鏡を覗くのが、日課だった。
地球の望遠鏡など、私たちのものに比べれば玩具のようなものだ。

私の望遠鏡は、遠く離れた地球を歩く蟻の動きさえ映し出す。

暇さえあれば、地球を観察した。
大統領の食卓。
ベンガルトラの交尾。
居眠りするトラック運転手。
ツバメの渡り。

そしてある日、
こちらを見つめるひとりの少年を見つけた。

少年は翌日も、その翌日も、私たちの星を見上げていた。

私はいつしか、その少年に恋をしていた。

だから私は地球に来た。
寛に会うために。

寛は、私が地球外生命体であることを知らない。

寛が私の星を見つめたように、
いま私は、寛を見つめている。

私にとっての太陽。
寛という星を。

2/21/2026, 3:16:20 PM

0からの



誰もが生まれてから死ぬまで、
何かをゼロから生み出しながら生きている。

生業、財力、地位、絵画、詩……。

街を歩けば、電信柱やアパートが、
コンクリートに覆われた地面から生えている。
私たちは、人の手によって生まれたものを、
一日として見ずに過ごすことがない。

私も人生の道半ばではあるが、
人類の進歩にわずかなりとも関わってきたつもりだ。

そんな中、先月、第一子を出産した。

十月十日、腹の中で育った命を、
痛みの中でこの世界へ送り出した。

血に濡れた小さな身体は、
いまや息を吸い、声を上げ、乳を求める。

放っておけば死んでしまうその存在を、
私は骨身を惜しまず世話をする。

息子は、これまでに私が作った何よりも、
完成され、そして何よりも未熟なものだ。

そして私は息子を産んだことで、
自分の中にも新しい何かが、育ち始めているのを感じている。

2/19/2026, 12:28:17 AM

今日にさよなら



幼い頃、「書く」ということは、忘れないために記憶しておく行為だと思っていた。

学校に持って行くものを書く。
日記を書く。
読書感想文を書く。

大人になり、小説や短歌を創作するようになってから、私の中で「書く」という行為は、別の色彩を帯びはじめた。

私はいま、記憶しておくためでなく、記憶を手放すために書いているような気がしている。

忘れられない出来事に、つかみどころのない気持ちに、名前を与えて、送り出してやる行為。

たとえば、
形を持たぬそれに「鳥」と名づけた瞬間、
翼を得て飛び去ってゆくように。

名前を与えたそのときから、
それらは静かに私を離れてゆく。

そうして幾度もさよならを重ねてゆくこと。

それこそが人生というものなのかもしれない。

だから私は、今日も書き続ける。

2/17/2026, 2:16:54 PM

お気に入り



「がたんごとん」何度も読むよ
君がのる列車が夢にたどり着くまで

____

「がたんごとん」という絵本がある。

がたんごとんと走る列車に、哺乳瓶やバナナやりんごが乗り込み、終点の駅で男の子の朝食になって、列車は去ってゆく。
単純明快な物語だ。

先月一歳になった息子は、この本をとても気に入っている。
寝る前になると、必ず読み聞かせをせがむ。

一度や二度ではない。
昨夜は二十回ほど読んで、ようやく眠りについた。
ときには私が先に眠ってしまうが、起きているあいだは、好きなだけ読んでやろうと思っている。

子どもが子どもでいる時間は、短い。

だから私は、息子との限りある時間を、噛まずに舐める飴玉のように、大切に、大切に転がしている。

いつかは溶けて、消えてしまう甘さを。

2/15/2026, 3:04:32 PM

10年後の僕から届いた手紙




ある土曜日の朝、新聞を取りにポストへ向かうと、白い封筒が一通投函されていた。

表にはこう書かれている。

『十年後の僕へ』

見覚えのある文字だ。
――そうだ、僕の字にそっくりなのだ。

少しばかり薄気味悪くなったが、すぐにクラスメイトの悪ふざけだろうと思い直し、部屋へ戻ることにした。

机の上に封筒を置き、朝食をとろうと一階へ降りる。だが、不思議なことに両親はまだ起きていない。

いつもなら、とっくに物音がしている時間なのに。


仕方なく、机の上のバナナスタンドから、シュガースポットのほどよく浮いた一本に手を伸ばした。
その瞬間、僕は違和感を覚え、じっと目を凝らした。


黒い斑点の一つが__動いている。

……虫だ。

小さなゴキブリが一匹、バナナにへばりついている。

一気に食欲が失せ、ティッシュでつまんでゴミ箱へ放り込む。

夏になると必ず現れる。
だが、今年はやけに多い気がする。

冷蔵庫から水を取り、部屋へ戻った。
机の上には、さっき放り出した封筒がそのまま置かれている。

僕は一息ついて回転椅子に腰かけ、手紙を読み始めた。



『君にまだこの手紙を読む時間が残されているなら、どうか最後まで読んでほしい。

僕はまだ生きている。
かろうじて、生き延びている。

あの日を境に、食物連鎖は逆転した。

多くの人間が、小さきものに喰われた。

ミミズ、ダニ、アリ、ワラジムシ――
かつて分解者と呼ばれていたものたちは言葉を持ち、社会を築き、肉を食べる存在となった。

そしてその頂点に君臨するのが――ゴキブリだ。

彼らは獰猛だ。
人間たちは、何度も奴らに交渉を試みた。
だが、全てが徒労に終わった。

奴らは我々の持つ感情というものを、持ち合わせていないように思える。

しかしまだ人類は滅びた訳ではない。
七割が失われ、生存者は地下社会に潜伏して世界を取り戻す機会を待っている。

その中で、分かったことがある。

奴らの支配は、はるか昔から計画されていたということだ。

地下都市、偵察網、情報統制。
地表のすべては監視されている。

恐らく、君のいるその部屋にも、少なからず偵察隊がいるはずだ。

奴らは、人間が過去へ手紙を送ることができることを知らない。

この手紙を知られれば、彼らの計画を知った君は殺されるかもしれない。
(読み終えたら、この手紙は必ず燃やせ!)

我々は過去の人間へ警告を送っている。
力を合わせれば、あるいは未来を変えられるかもしれない。

生き延びろ。

そして未来を変えてくれ。』




読み終えた僕は、水を一気に飲み干した。

「ずいぶん手の込んだイタズラだな……」

手紙をもう一度机に放り出し、顔を洗いに行く。
戻ってくると――
机の上の手紙が消えていた。

風で飛んだのかと思い窓を閉め、机の下を覗き込む。


その瞬間、思わず僕は息を呑んだ。


散らばった手紙に、
何十匹ものゴキブリが、群がっていたのだ。

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