氷見どり

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『Love you』


 ラヴレターというものを、初めて貴方に贈ります。
 勝手を知らないので言葉を間違えていたら申し訳ないが、ともかく本題に入ろうと思います。

 僕の姿は、出会ってから今まで、貴方から見ると酷く滑稽だったことでしょう。毎日毎日貴方と顔を合わせては幼稚に愛の言葉を垂れる。そんな私を陰で笑ったことが何度かあったかもしれない。気障な口説き文句を使わなかったのは、貴方への想いに少しの脚色もしたくはなかったからだと言い訳をさせてください。

 そんな僕が、貴方の書斎ではなく自室の机に向かい、ただ無言で筆を執ったのがつい3時間前のことです。
 あなたが書く文章というものがこんなに難しいものだとは知らなかった。上等な紙をもう沢山無駄にしてしまいました。
 それでもこの手紙を読んで僕のことをしたり顔で馬鹿にするのはやめてほしい。私は貴方の4倍ほどは紙を捨てたけれど、部屋は貴方の書斎ほど紙屑に埋もれてはいません。灰皿から火が燃え移るのが怖いので、僕が訪ねてこなくなっても掃除は毎日してください。

 先生は、僕が初めて訪ねてきた時のことを覚えているでしょうか。
 確かあれは蒸し暑い夏の日だったか、大雪の日だったか、そんなことは僕にとってはどうでもよくて、ただ一目見た貴方の姿に焦がされてしまった。
 貴方が教えてくれた「encounter」もしくは「邂逅」という単語、私にはどちらの意味もわからなかったけど、この出会いは正しくそれだったのだと思います。ほとんど事故だった。
 既に貴方にフィアンセイがいたのは知っていました。交際を申し込むことをしないのは、僕が謙虚で清らかで、立場を心得ていたからではありません。
 ただ、貴方に少しでも拒絶されてしまうのが怖くて仕方がなかった。害意のない好意を断りきれず笑ってかわしてしまう貴方の優しさにつけ込みました。

 貴方が好きです。
 例えば貴方と夜空を見上げても、僕には貴方の言う月や星の綺麗さなどわからない。貴方が好きだという二葉亭四迷という作家の本を読んでもページを操る前に挫折をしてしまうような人間だけれど。貴方のことを好きになってしまいました。

 貴方が好きです。だから、
 書斎の合鍵は同封しておきます。

 貴方が好きです。どうしようもなく醜い僕のことを、
 今度こそ軽蔑して拒絶してください。

 読み終わったらこの便箋は破いてしまって。
 今日だけは書斎の掃除はしないでください。

2/23/2026, 2:13:14 PM