『遠い日のぬくもり』
家族を腕に抱えたときを、あたたかみを思い出す。
それは、遠い日のぬくもりのことだ。
僕にはずっと昔に飼っていた、犬のペロという家族が居た。
今はもう居ない、寿命だ。
これは人間と犬という、種族間の問題で仕方のない事ではあったが、それが子供の頃の僕にはたいそう堪えた。
ずっと一緒に育ち、ずっとこのままだと思っていた。
だからこそ、弱っていくペロをみて、周りの大人達に「ペロを助けて!」とすがっても、どうしようもないと首を振る姿に、絶望したのを、よく覚えている。
腕の中のぬくもりが消え、僕は目が真っ赤になるまで泣いた。
……もう、犬は飼わない。
それが僕の出した決断だった。
だから、こそ。
僕は今この現実が信じられなかった。
時は変わるが、現在。
僕は寂れた工場跡地に居る。
有名な幽霊地帯で、誰も居着かずに不良の溜まり場となっている場所だ。
なんでサラリーマンである僕がここに居るかって? 簡単。
不良の高校生に財布を強奪されて、なおかつ暴力を受けているからだ。
……オヤジ狩りという、ヤツなのだろうか??
痛む節々の身体と口の中に広がる鉄の味。
僕はどこかなげやりになっていた。
いや、ペロが死んだときから、ずっとそうだったのかも知れない。
もう、どうでもいいや。
そう思って目を閉じたとき――犬の鳴き声がした。
僕はすぐさま、目を開けた。ペロだ。
僕が聞き間違える訳がない、これはペロの鳴き声だ。
そのあとすぐの事だった。
不良達の様子がおかしくなって、怯えたようにこの場から逃げ去って行く。
残ったのは、僕と半透明の姿をしたペロだけだ。
「ペロ?」「ウォン!!」
近寄ってペロに手を伸ばす。手は空を切り、ふかふかな毛並みを撫でることは出来なかった。しかし、どこか手のひらにあたたかみを感じて、僕は頬を緩めた。
「ペロ、助けてくれたのか? ありがとう」
「ばうっ、ばう!」
大きく尻尾をぶんぶんと振ったペロが、歩き出す。
まるで着いてこいと言っているみたいだ。
着いていくと、そこはゴミ置き場だった。
「ウォン!」
首を傾げる僕に対して、ペロは一鳴きして消えていってしまう。
「ペロ!!」
残されて喪失感に打ちのめされる僕の耳に、犬の鳴き声が届いた。
産まれたばかりの子犬のような鳴き声だ。
僕が恐る恐るゴミ置き場のゴミを掻き分けると……そこに、小さな手のひらサイズの子犬の姿があった。
「ペロ……お前って、本当に優しいな」
僕は、その子を連れて帰り、再び犬を飼うことにした。
「名前は何にしようか?」
つぶらな瞳と目が合う。
なんだか、世界が鮮やかに見える気がした。
おわり
12/24/2025, 6:03:40 PM