仮世界

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『手紙信仰』

仕事は辞めた。

大してトラブルがあったわけでもないし、離職先の展望があるわけでもない。
ただ、手紙に書かれていたからそうしたのだ。

最初は誰かのイタズラかと思った。
しかし、その後何通も届いた手紙は、送り主が私の全てを知っている人物であることを認めさせた。
向かいのアパートで火事が起こること、私が勤め先の課長に好意を抱いていること、その恋が実らないこと、その全てを言い当てたのだ。

どうやらそれは確かに"10年後の私から届いた手紙"らしかった。 

恐怖心が信仰心に変わるまで時間はかからなかった。
ただ手紙の言うことを聞いていれば、全てが上手くいくのである。

四半期前に投資信託へ当てた貯金の大半は、三週間後には1日で私の年収を追い越すようになった。
手紙が乗るなと命じた電車では男が刃物を振り回したし、買うなといわれた某人気食品は製造過程での異物混入が発覚した。

半年前に初めて手紙が届いたその日から、私の生活は手紙に支配されていた。
私は私の言うことなら何でも聞いた。

今朝も手紙が届いた。
私は来月猫になるらしい。
加えて、今から準備・予習する必要があるとのことだ。

私は通販サイトでキャットフード、キャットタワー、猫用トイレ、その他諸々を計10万円分カートに入れると、購入確定のボタンをクリックした。
先一カ月の予定は全て猫カフェで埋まっている。

2/16/2026, 3:36:42 AM