—忘れられないハヤシライス—
駅前に、とても人気な洋食屋がある。
なんといっても、数量限定の『特製煮込みハンバーグ定食』が、安くて美味いらしい。
しかし俺は食べたことがない。
その代わり、そこのハヤシライスはほぼ毎日食べている。
「お一人様ですか?」
昼のピークを過ぎた午後三時。
俺はやってきた。
「はい」
「お好きな席にお座りください」
バイトと思われる若い女性にそう言われて、俺はカウンターに腰掛けた。
ここからだと厨房がよく見える。
厨房を覗くと、今日もあの人はいた。
「お待たせしました、ハヤシライスです」
しばらく待っていると、気にかけている彼女が配膳カウンター越しに運んできた。
「ありがとうございます」と言って受け取った後も、なぜか彼女はじっとこちらを見ていた。
「どうかしましたか?」
「いえ、最近よくハヤシライスを食べられているなと思って」
この店に通い始めて一ヶ月が経った。
顔を覚えられていても不思議じゃない。
「ここのハヤシライスの味が忘れられなくて」
「もしかしてハヤシライス愛好家さんですか? たまに見かけるんです。色んな洋食屋を巡って、ハヤシライスだけを食べる方」
「いえ……、私は別に」
俺がこの店に通うのは……。
「そうですか。でも、うちのハヤシライスを気に入ってくださったということですよね。ありがとうございます。——お客さんに内緒で良いことをお教えますね」
彼女は顔を少し近づけて小さな声で言った。
「実はうちのハヤシライスは、隠し味でハチミツを使ってるんです。家で作るときに、ぜひ試してみてください」
俺がこの店に通うのは、目の前の彼女が、亡くなった妻に似ているから。
——隠し味にハチミツを入れると美味しくなるんだよね。
そして、この店のハヤシライスが、妻の味と似ていたからだ。
「……やってみます」
「お食事の邪魔をしてしまって、すみません。どうぞ召し上がってください」
彼女が笑顔でそう言った。
ハヤシライスを口に運ぶと、やはりいつもの優しい味がした。
お題:お気に入り
2/18/2026, 5:51:12 AM