ゴーン、と音が響いた。
12月31日。除夜の鐘だ。
あっという間の一年だった。恋人ができて、浮気されて、別れて。仕事は昇格。でも人間関係は変わらず。本当、色んな出来事があった。なのに、今じゃただの思い出。あの時の気持ちも、感触も、すべてを覚えているのに、遠い出来事みたい。
今日という日もまた、夜に溶けて脳で反芻されるだけになるのだろうか。
今年一番、いや人生で一番と言っても過言ではないほどの濃いこの日が。いつかは風化されていく。
嫌だ。
縁側に出て夜空を見上げる。月が見えた。夜空を明るく照らす、月。あの輝きが太陽のまねっこでも、それでもまがいものじゃない。羨ましい。あたしもあんなふうでいいから、光っていたかった。
あたしは、この空に喩えるなら月を隠す雲。真っ暗で、淀んでいる。
また、鐘の音が聞こえた。どうせならこの煩悩を消してくれないだろうか。
いつまで経ってもうじうじと一人で悩み続けてしまうから。
彼があたしを捨てたのは、あたしが悪かったからだ。もうすぐ28なのに、初心で、彼が求めることに応じられなかった。雰囲気に流されていれば彼はあんな道に走らなかったのかもしれない。あたしが、ちゃんとしていれば。
なのにあたしは最低な事を考えた。ああ二人とも、死ねばいいのにって。
108回目がなったとき、あたしは首をつる。あたしのように最低な人間はいない方がいい。あたしを好きでいてくれた両親に会いに行くのだ。
手が震える。きっと寒さのせい。もう後戻りはできないのだから、今更何も思い残すことなんてない。
鐘の音がもう一度聞こえる。次の1回だ。最後に消える煩悩は生への執着。
でも、もしも。もしも死ぬ前に助かったら、そのときはちゃんと生きよう。救ってくれた誰かがいるから。
この日をただの思い出で済ませたくはないから。
部屋に戻り、椅子の上に立つ。
首にロープをかけ、待つ。
最後の鐘が、鳴った。
足で椅子を蹴る。苦しい。
徐々に。徐々に鐘の音が遠くなっていく。
可笑しいな。
最後まで煩悩が、消えないや。
12/14/2025, 3:13:30 AM