ぽんまんじゅう

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〈ティーカップ〉

 私、ティーカップ。それも普通のカップじゃないわ。ツヤツヤした白い体に繊細な花の模様、縁は上品な金色。私は結婚祝い用の特別なティーカップなの。
 あの人に出会ったのはもう何十年も前。色違いのボーイフレンドと親友の受け皿と一緒に新婚の夫婦に使ってもらえることになったの。元々いた倉庫に比べたらずっと小さいけど、温かみがあってとっても素敵なお家だったわ。私は旦那さんの、ボーイフレンドは奥さんのカップになった。旦那さんは紅茶が大好きで、毎日私を使ってくれたの。勿論お手入れもしっかりね。それに、美味しそうに紅茶を飲むあの人を見れてとっても嬉しかった。奥さんは旦那さんほどは飲まなかったから、ボーイフレンドはいつも羨ましがってたわ。
 でも、いつからか私はあんまり外に出されなくなった。時々使ってもらえる事もあったけど、あの人の顔は昔の様に笑顔じゃなくて、なんだかすごく具合が悪そうに見えたわ。あの人が心配で食器棚で泣いてたら優しいボーイフレンドと親友は慰めてくれたけど、不安な気持ちは消えなかった。
 遂に私は全く外に出されなくなった。時々使われるボーイフレンドにあの人の様子を聞いてみたけど、帰ってくる答えはいつも「今日はいなかった」だった。だんだん私は分かっていった。あの人にはもう使ってもらえないのだと。もう会えないのだろうと。
 ある日、私達は久しぶりに棚から下ろされた。でもいつもの様にお湯を入れるのではなく、不気味な暗い箱に入れられたの。もう本当に怖かったわ。何も見えなかったけど、ガタガタ揺れたりけたたましい音が聞こえたりしたから、きっと私は捨てられるんだわ、と思って暗闇の中でこっそり泣いたわ。
 でも、箱から出された時に私がいたのは恐ろしいゴミ箱じゃ無くて、見知らぬ家だった。前の程じゃなかったけど中々素敵だった。
「ほら、これ持って来たよ。お父さんが好きだったやつ。あなたが大事に使ってあげなさい。」
奥さんが言っているのが聞こえた。すると、優しい手が私を包んだの。
「ありがとう。大事にするね。」
聞き覚えがある、女性の声が聞こえた。あの人が紅茶を飲んでる時に時々聞こえていた声だった。私はあの人の娘のカップになったの。
 彼女はあの人そのものではないけれど、どこかあの人に似ていた。彼女も紅茶が好きで私をよく使ってくれたし、あの人と同じぐらい大切に手入れしてくれたわ。またあの時の様な幸せな日々が戻って来たの。
 悲しいけれど、人は私たちの様にずっと生きていることは出来ないみたい。でも、彼らが私達を大切にしてくれている間は私も彼らのために自分の役割をずっと果たそうと思うわ。

11/12/2025, 10:49:28 AM