『また会いましょう』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
また会いましょう
お元気ですか?
私は元気です。
それではまた会いましょう。
大好きだった 彼。
別れを告げて、お互いが帰路に着く。
貴方はこれからどんな未来を送るだろうか。
「さよなら」を言おうとする貴方を
わざと遮って。
「また会いましょう。」
まだ、終わりじゃない。まだ
なんて言葉はよして。
ただ前に歩き出しましょう。
その先で会えたのならありがとう。また。と。
「また会いましょう」
事務方の大先輩、ゆかり先輩がめでたく寿退社をすることとなり、顔が隠れるほどの大きな花束を抱えながら皆の前でスピーチをしていた。
その小柄な体格からは想像もできないほどの体育系でパワフルな仕事ぶりに私も何度も頼ったものだ。
頼りない高身長の私、香織と頼れる小さなゆかり先輩。周りからは「凸凹コンビだなあ」とからかわれることもよくあったが、コンビという響きにマスクの中では笑みがこぼれていた。
先輩とは会社の垣根を越えて何度も呑みに行ったし、お泊まりもした。それでも先輩は男との結婚を選んだ。
「ごめんね、香織。私やっぱそっち側じゃなかった」
ずるい。嫌いになったと言って欲しかった。それなら諦められた。
先輩はスピーチの最後に突然もらった花束から一本ずつ皆に渡し
「これでお別れではありません。その花を見て私を思い出してください。それではまた会いましょう!」
と爽やかに礼をしてはにかんだ。
「ちょっとぶっちゃけこの花束はデカすぎるんだ」
オフィスが湧く。最後まで皆を笑わせていた。そしてその中からリンドウを私に手渡し、まっすぐな瞳で別れを告げた。
「またね」
ずるい。先輩はずるい。いっそのことさようならと言って欲しかった。
今日も玄関でその花は揺れる。またね、と偽りの希望を振りまいて。
【また会いましょう】
そう言えることは今後あるだろうか
そう言える人に出会うことがあるだろうか
また会いましょう
あぁなんていい言葉なんだろう
固く結んだ約束ではなく
反対に簡単に交わす約束でもない
ただまた会えるということだけが分かっている言葉
ではまた会いましょう
『また会いましょう』
あの双星の流星が砕け散るように
音を立てずに派手にひび割れた硝子
零した水に滴る涙
混じった涙の姿が消えた
目の前を通り過ぎる風切る電車
レールの上に落としたスマホは壊れて
小雨はまだ降り続いている
滲んだ裾で目元を拭う
「でもさ、もう会えないって訳でもないから!」
無理やり笑って手を振った
警鐘が無情に鳴り響く
長い時間ってどれくらいなんだろう
つたう小雨はだんだんと大粒へとなって
「ううん、でも、大丈夫。きっと帰ってくるから!」
だからさっきよりもにこっと笑って思いっきり叫んだ
「また会いましょう」
また会いましょう
好きな人に、また会いましょう
そう言って貰えたら嬉しいですよね。
好きでも嫌いでもない人が言ってくれたなら、それでもにっこりします。
人生の後半戦を生きる自分には、
また、が無いことだってある‥
そんな風に考えてしまいます。
今日会うのが、最後になる事だってあるんだ、と思って暮らしています。
何気ない毎日が大切だつてことかな。
『また会いましょう』…って、絶対にその『また』、ないでしょう!?
また会いましょう
そんな気持ちを込めて
またねと伝える
また会える人もいれば
もう会えない人もいる
でも思い出して
またねと伝えると
いつかまた会える気がする
また会いましょう
「また会いましょう」
微笑みながらそう言ったそいつは踵を返す。
待て、と手を伸ばして止めようとしても空を切るだけ。ベッドから起き上がろうとしても満身創痍でボロボロなこの体じゃ何もできなかった。
ダメだ、行かないでくれ。あんたはここにいる誰よりもどんくさくて、弱っちいから。誰よりも優しくてあたたかい心を持っているから。頼むから行かないでくれ、俺を置いて。
こんな体じゃあんたを守ることもできない。お願いだから、戻ってきてくれ。
怖いから、なんて軍人らしくない理由だって、今なら怒らないし、からかったりしないから。だから、戻ってきてくれ。
でも俺はあいつのことを誰よりも知っている。
いざというときに頼りになるところも、仲間のためなら無茶してだって戦うところも、いつだって戦場で死ぬ覚悟のできている軍人だということも。よく知っている。
だから、生きて帰ってきてくれ。こんなのを最後にしないでくれ。まだまだあんたとしたいことがいっぱいあるんだ。
行きたがっていたカフェにだって付き合うし、偉そうにうんちくを語るのだって邪魔しない。もっと知らないことをいっぱい教えてくれよ。
まだ伝えられていないことがたくさんあるのに。死ぬな、死ぬなよ。生きて帰ってこい。
これは上官からの命令だ。必ず生きて、帰ってこい。
「会いに来たぜ」
そう言った男は手に持っていた花束をそっと置く。
「ほんと、相変わらずどんくさいなぁ。弱いし、俺がおらんと何もできんのに。……いっつもおれの言うことをなんだって、きくのに。めいれい、いはんや、ぞ」
だんだんと瞳にたまる涙をこらえるように、震える声でそう言った。
石に掘られた名前を愛しそうに撫でて、空を見上げる。
「つぎ会ったら覚悟しとけよ。絶対離したらんからな」
もし次の生があるのなら、もう一度あんたに会いたい。今度こそちゃんと愛を伝えて、何度だってこの想いをぶつけよう。
だから、次があることを願って、また会いましょう。
プロフィールに「年上が好み」と書いてしまったせいか、わたしのマッチングアプリは何の通知もしてこない。なので、すっかりそのことを忘れて日々を過ごしていたのだけど、たった今、初めて通知がきた。
僕、年上ですが、お会いできますか?
わたしは「こちらで? それともあちらで?」と返事をする。
恥ずかしながら、こうして返事をするのが精一杯で、そちらに行く体力がありませんで。
わたしはそろそろかしらとぼんやり思う。年も年だし。亡くなった夫が心配して、こうしてわざわざアプリに返事をくれるのは、彼なりの優しさなのだろう。それでも、
「もう少し、こちらにいます。また会いましょう」
と返した。
90歳のわたしはまだ、年上の人をあきらめていない。
また会いましょう
またね
元気でいてね
って別れたのに
そのまんま、会わなくなっちゃった
元気かな
また会いましょう
この年になると、学生時代の友達とはなかなか会えない。
仕事、家族の転勤、Uターン、移住…それぞれの事情で日本全国さらには海外にまで散っている。
寂しいけど、
出張や旅行でどこかを訪ねたとき
ふと「あ、この街のどこかで〇〇が働いてるはずだな」と気づくことがある。
それだけでその土地にちょっと親近感がわいたりして、我ながら単純です。
みんな元気にしてるといいな。
年賀状の「今年こそは会おうね」ってやりとりもだいぶ溜まってきたけど、適当に書いているわけじゃない。
昔のことを思い出したり、あなたたちと会うことを想像しているその一瞬、けっこう幸せだよ私。
#また会いましょう
いつかまた会いましょう…
出逢いは前世からの約束…
縁ある者達は
生まれ落ちた場所が違っても
必ずめぐり逢う…
懐かしい記憶の断片をたよりに
幾千もの星の中からきっと探し出す…
デジャヴ!
それは出逢いの始まり…
天翔り
時空を超えて
約束人は必ず現れる…
懐かしい記憶
懐かしい匂い
懐かしい微笑みを連れてやってくる…
では
その時また会いましょう…
🌈黒猫のつぶやき🌈
大好きな人達とはまた逢いたい…
いつかまたきっと…
2020年2月10日
私が推しさんの主演舞台を初めて観劇した日。
幕が上がり、舞台が始まった。
推しさんの第一声を聞いた時、私は推しさんと同じ空間に居るのだと実感した。
初めて推しさんのお芝居を生で観た。
ドラマや映画では味わえない感覚に襲われた。
台詞を一つも聞き逃さないように、推しさんの仕草や表情を目に焼き付けた。
去年も今年も推しさんは舞台に立った。
でも、私は劇場には行けず、配信を観た。
観れたことはとても嬉しかったけど、やはり物足りない。
いつかまた推しさんのお芝居を生で観たい。
あの日の感覚をもう一度味わいたい。
また会いたいな。
約束なんて大嫌いだ。
「ずっと一緒にいてほしい」
「なら、約束しましょ?」
何が約束だ。互いを縛り付けるだけ縛り付けて、その実はなんの強制力もない幻覚。
わかっている。彼女のせいではない。彼女だって死にたくなかった筈だ。殺されさえしなければ、約束通り、俺の側にいてくれた筈なのだ。
……本当に?
「最近、嫌な夢を見る。君がいなくなってしまう、一番の悪夢だ」
「なら、あなたがその悪夢を見るたび、本物の私がかっこよく現れて、それをどーんとふっとばしてあげるね」
頼む。変わらぬ笑顔を向けないでくれ。もう、今の俺にとっては、君自体が悪夢になってしまった。
だから……。
「だから、また次の悪夢でも会おうね。ずっと一緒の、約束」
もう……俺を縛り付けるだけの約束を増やさないでくれ。
また会いましょう
【また会いましょう】
笑う声が聞こえる。その声は、私の弟の声だ。
弟は、何年かに1度私達家族に会いに来る。
仕事が忙しくて、毎年は来れないらしい。
弟の笑い声を聞くと、「あぁ、戻って来たんだな。」そう思う。死んだ私に会いに来てくれる弟。優しい弟。
弟は、「姉ちゃん、また会いに来るからね。」そんな言葉を残して弟は去っていった。私は、「また会いましょう。」そんな言葉をかけた。弟には、聞こえないはずの声を。弟は、何かを感じたのかこちらを見て、涙を流しながら、微笑んだ。「____、______。」
(この話はフィクションです。ちゃんと、お題にそって書けたのか分かりませんが…笑)
人生とは不思議なもので、卒業以来全く連絡を取っていない同級生と、ふとした再会からまたどっぷり付き合うようになったり、新たな人間関係の中で、共通の知人に昔の知り合いがいたりすることがよくある。
それは社会人になっても同じで、20年めの異動で進入社員時代の上司が新たな部署に専任部長として勤めており、再び机を並べて一緒に働くという話はよくある。
だから卒業や転勤が今生の別れになるなんて、SNSがあるこの時代に考えることはないし「さよなら」の代わりに「また会いましょう」が現在のスタンダードだと思ってみたり。
ふとした時に母校の校歌を思い出しながら、そんなことを考えた。約115年前に作られたその歌には、こんな言葉が添えられている。
「集まり参じて人は変われど、仰ぐは同じき理想の光」
祖母に会いたい。会って一緒にアコギを弾きたい。
物心ついた頃にはもう病に侵されていた私の祖母は、ごく稀にアコースティックギターを弾くことがあったらしい。私の父ですら滅多に聞けなかったくらい稀な出来事だ、私が知らなかったのも納得である。知ったのは、ギター教室に通い始めて3年近く経った頃だった。
言われてみれば、誰も弾けない従姉妹宅に古いギターが眠っていた。楽器として起こしてあげたのが私だと思うと、なんだか不思議な気分になる。
100年生きたいとは思ってないけどもう暫くは人生をエンジョイするから、その間でもっと上手になれるよう練習するから。生まれ変わらずに待っていてくれないだろうか。
お題 また会いましょう