枯葉』の作文集

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枯葉』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど

2/20/2024, 3:50:03 AM

「枯葉」

ざくざく、さくさく。
枯葉を踏む自分の足音を聞きながら、静かな冬の自然を歩く。
歩きながら、いろんなことを考える。

最近人からもらった言葉の意味
社会問題の寄せ集めみたいな自分の人生
新しいものと古いもの

ぼんやりと考え事をしている僕の前に、
ひらりひらり、ゆっくりと一枚の枯葉が落ちてきた。

枯葉。寒い季節の訪れを知らせる、がさがさでくすんだ色の手紙。植物が最後に遺した落とし物。

多くの植物は春に芽吹き、夏に育ち、秋に染まり、冬に枯れる。
だからこそ枯れた葉は冬のもの悲しさや老いの象徴だったりする。

たしか10何年か前までは高齢者が運転する車に枯葉マークが貼られていたけど、枯葉へのネガティブなイメージが強いから今は四葉のクローバーに変わったんだったっけ。

寒い季節は太陽が顔を覗かす時間も少ないから、みんな憂鬱になりがちだ。それをわかりやすくあらわすものが、枯葉。

だけど、ほんとうにそうだろうか。
冷えて乾ききった、悲しいだけの存在?
きっとそんなことはない。

世界は少しずつ、少しずつ生まれ変わる。
それが嬉しいことか、悲しいことかはひとそれぞれ。
だが、冬が訪れ枯葉が舞ったということは、いずれ春が、色とりどりの花や鳥が人の心を彩り暖める季節がやってくるということだ。

そういう星の理の中で僕らは生きている。

枯葉は最期にそう教えてくれた。

2/20/2024, 3:49:59 AM

残業後対話篇 死さえも命の一部なのだから(テーマ 枯葉)


 これは、西暦2020年を超えた日本の、ある会社での、一人の会社員の、残業が終わってから帰宅するまでの心の中の話。ひどく狭い範囲の話。



 社屋が新しくなってから、通勤ルートは会社からの帰り道には枯葉一つ落ちていない「街の道」になった。

 以前の社屋は山際にあったため、道を選べば完全に山道を通ることもあり、枯れ葉だらけ、土だらけの道を歩くこともあったのだから、大変な変化である。

 この短い話の主人公の彼は、今日も残業をした後、暗い中を帰宅途中であった。



 彼には、自問自答する際に自分の中に別の人格を作り、その人格と対話する奇妙な癖があった。学生の時に生まれたその人格を、彼はイマジナリーフレンドと心のなかで呼んでいた。
 別に二重人格というわけではない。全部、彼が自分で想像して自問自答しているだけだ。

『 街の道だね。葉っぱ1つ落ちていない。アスファルトが古びたら張り直す、ゴミを掃除する、多くの手間をかけて維持されている金持ちの道だね。』

 生意気な事を言っているように見えるが、彼が言わせている疑似人格だ。

(歩きやすくて良い。)

『山道、デコボコだし、坂道だらけだし、滑りやすいし、まあいいとこ無いからね。』

 山道はそもそも車が走る公道と比較すべきものではない。

 比較対象にするなら、途上国で使われる、土のうと土でできた道だろうか。
 見栄えは良くないが、特殊な材料がほとんどいらないため、自分たちだけで維持できるメリットがある。

「あ。茸だ。」
 道端の土の部分に、小さな茸が生えていた。


「先輩、拾って食べるとか、まさかしませんよね?」
 珍しく、彼には今日の帰り道に同行者がいた。
 職場の後輩だ。

 イマジナリーフレンドに心の中でしか返答しないのは、人がそばにいるからだった。

( 人と一緒に歩いているのに、まともに会話しないのも、褒められたことじゃないか。)

「拾い食いなんてしない。ましてや茸。腹を壊す。」
「いやー、黙って歩いているかと思えば、道端を見て『 茸だ』ですもん。心配になりますって。」
「生えているのが仮にマツタケでも食べないぞ。」
「先輩、マツタケがそこら辺に生えてるわけないじゃないっすか。」
 マツタケは、現代の日本では高級茸として取り扱われている。

『むかしは松茸、そこら辺の山で簡単に取れたって聞いたことあるけどね。』
 そう。誰に聞いたのだったか。

 松茸は日当たりがいい場所にでき、枯葉や枯れ枝がない方が発生しやすい。
 電気・ガスなどが各家で利用されるようになる前、囲炉裏などで火を利用していた時代には、「燃料」として山の枯葉・枯れ木の枝は近くの人に回収されていた。
 そのため、松茸は珍しいきのこではなかった。

 しかし、電気が引かれ、ガスが入り、手軽に火を扱えるようになったら山に入って枝葉を拾ってくる人はいなくなり、山は枯葉・枯れ枝だらけになった。
 当然の帰結として、松茸も激減した。というわけだ。

「マツタケも、昔はその辺に生えてるキノコだったの。」
「マジですか?」
「山が枯葉や枯れ枝だらけで放置されるようになってから激減したけどね。電気やガスがない時代の話だ。」 

 昔は椎茸のほうが高かったのだ。
「電気ガスなしはちょっと………。マツタケ食い放題でも、そんな不便と引き換えはできないッスね。」


「枯葉が増えて減るものもあるんスね。栄養があってマツタケも増えそうなものですけど。」
「山に住んでいるのはマツタケだけじゃないから。マツタケは陽の光もいるし、枯葉で増えた生き物に生存競争で負けた感じだ。」
「食物連鎖ッスね。」

 枯葉は地面に落ち、微生物によって分解され、植物の栄養になる。
 その栄養で育った植物を動物が食べる。

 もう何の役にも立たないと思われるものも、この世を構成している立派な一部なのだ。

『まあ、そもそもマツタケはありがたがらない国も多いし。アレを連想させるとかで。』
 イマジナリーフレンドが下品なことを言い出した。

「 下品だ」
「 え!?食物連鎖が!?」

 彼はしまったと口をつぐんだ。人と喋るときに変なことはすべきではない。




 後輩と別れた帰路、イマジナリーフレンドは話を続けた。
『キノコはともかく、そもそも人間は死骸をよく使うよね。肉を食べるだけでなく、皮を使って服や靴を作るし、そもそも木も植物の死骸だ。』
「 だから?」
『 その割に、自分の周辺に『それ』と分かるものを置くのを嫌う。枯れ葉も虫や動物の死骸も。』
「 そりゃ、そうだろ。虫が湧くし、病気になるかもしれない。清潔さを求めた結果だろ。」
 彼は、周囲に人が居なくなったので喋りたい放題だ。
 怪しい人に見える。まあ、最近はイヤホンで電話する人もいるし、言い訳はかろうじてできる。

『でも、死んだ後も終わりではない。山道なんて、虫の死骸はいくらでも転がっている。それが死骸のままなら、山は死骸だらけになってしまう。』
 そう。街の道で猫が死んでいたら、市民の通報によって役所の道路管理の人が回収していく。これが街の動きだ。
 それが家の庭なら持ち主が処理する。

 しかし、自然はそんなことはしない。
 山で死んだ動物や虫はそのままだ。
 小動物や虫や微生物が死骸を食べる、発酵する。分解される。
 そして土に還る。

 生き物は本来、皆そうだ。

「街はアスファルトで固めちゃったからね。そして、死骸が分解されて土になるまで待てないのが人間だ。」



 樹上の若葉はやがて枯れ、枯れ葉となって枝を離れ、地面に落ちる。

 落ちた枯れ葉は葉としては用をなさない。しかし、微生物に分解された葉は、地面に肥料として利用され、次の植物の命を育む土壌となる。
 この世界は、死すら次の命のための土台になる。

 人も同じ。
 死んでしまって、考えることができなくなっても、火葬されて骨だけになったとしても、その体を構成していた原子は、消えて無くなるわけではない。
 姿を変えて、水と空気と灰と、骨になり、我々が住んでいる世界を構成する一部となって循環する。

 循環するが、同じように構成されて同じ人が再現されることはない。もうバラバラにされて世の中に放たれてしまったのだから。
 灰になった木の枝を、煙と水分と熱を加えても元の枝に戻らないのと同じだ。それが死なのだ。

 我々は多くの死の上で生活しており、今度は自分の番になるだけなのだ。

「薤上の露、何ぞ晞き易き。露、晞けれども晞くも明朝、更に復た落つ。人、死して一たび去らば何れの時にか帰らん。」
 昔、一時詩吟を習っていた時期があったので、口ずさむ。

 薤の葉の上の露は乾いて消えやすい。露は乾いても、翌朝またある。だが、当然、その露は昨日の露ではない。
 昨日の露は乾いてしまったのだ。もう二度と同じ露ではないのだ。

 人の死も同じ。一度去ってしまえば、同じ生き物としては二度と還ることはない。

『それは枯れ葉じゃなくて葉の上の露だけどね。』
 イマジナリーフレンドは突っ込んで締めた。

( 先輩……。独り言に歌まで。やっぱり働き過ぎでアタマイカれちゃった?)
 そして、影で後輩が戦慄していた。

2/20/2024, 3:48:18 AM

一度でいいから沢山の枯葉を集めて、シーツで包んでベッドみたいにして、そこに飛び込んでみたいものだ。心地よければ昼寝もしてみたい。

2/20/2024, 3:41:20 AM

その絵には、枯葉でできた髪がたくさん貼られていた。
 
 タイトルには「理想のお父さん」とある。

「……禿げてて悪かったね」

 私はため息をつくと、薄くなった頭を軽く撫でた。

2/20/2024, 3:26:13 AM

高齢者が自動車につけるシルバーマークは、始まった当時「もみじマーク」という名で、デザインも今とは異なり文字どおり紅葉を模したものだった。
 巷では枯葉マーク、落葉マークなどと呼ばれ、イメージがよろしくないということで現行のものに変えたらしい。個人的には名称はともかく見た目は若葉マークとの対比で分かりやすかったのだが……。

 人生を葉っぱにたとえると、自分は今どのあたりの色づきだろうと考える。
 毎日鏡に映る見慣れた顔でも、以前の身分証の写真と比べると確実に変わっている。
 若葉や青葉の「成長」フェーズはとうに通過しているが、紅葉へと変化する「成熟」途中なのか、紅葉まっさかりなのか、既に枯葉へ向かっている可能性もある。

 近年よく見かける、人に対する劣化という言い方はあまり好きではない。
 紅葉は綺麗だし、枯葉には趣きがある。人もまた然り……と思いたい。


『枯葉』

2/20/2024, 3:25:30 AM

今日は何日であろうか、、、忘れてしまった。
病室の中で、自分はカレンダーを探した。
「ああ、○月✕日の○曜日か」




カレンダーを見てベッドに戻る自分
そんな自分に日々の衰えを感じる……
前はカレンダーなど見ずとも曜日を覚えられたのに
ベッドに出戻る生活をするなんて
「私も衰えたな」


ガラガラ…「おはようございます!斎藤さん。」
病室の扉が急に開いたと見ていたら、私の看護師である、甲斐さんが今日もご飯を持って来てくれた。

「ああ、おはよう、甲斐さん。今日のご飯かい…?」
「ええ、、今日はお魚ですよ。昨日斎藤さんが食べたいとおっしゃっていたので。」
「そんな事言ってたかね…。」
「ええ。」


またか、、昨日の会話など自分の記憶から無くなってるのは何度目であろうか。

そう思いながらご飯を食べた。

そしてまた数日が立った。
ある日の朝…

「カレンダーはどこだ、、何日であろうか…」
また、病室の中で自分はカレンダーを探していた。
その時にまた扉の方からガラガラ…と開く音がする。
「おはようございます!斎藤さん。」
斎藤、、
誰であろう、、
「甲斐さん、、斎藤さんとは誰のことだ?」
「分からないんですか…?」
「ああ、これっぽっちも」





また、数日後
いつもガラガラとなる扉は、決まってこの時間だ。
「またか、斎藤さん、おはよう。」
と入ってくる…看護師姿の女の人に声をかける。

「おはようございます、斎藤さん。私は甲斐ですよ。」
「ああ、そうであったな、、」
「いつも間違っててすまん」



また、数日

誰であろう、、自分はと、、
老いた枯葉の手は動かない
ガラガラとなる音はいつも通りに鳴るが何の音であったか、忘れてしまった。
甲斐さんは「今日も大丈夫ですか」と聞いてくる
大丈夫だ元気だと、、口を動かす。
聞こえているのであろうか。


ああ今日も枯葉達が落ちているな。いつも通る歩行者通路には今日も散乱と落ちていた。
「今日も頑張るか」と青年が声を張る。
慣れた手つきで、枯葉は1箇所に集まっていく
そして集まった葉を青年はゴミ箱に捨てていった。

そこに青年に声をかけていく者がいた。

「今日もありがとう。お疲れ様。」
「いえいえ、毎度のことですのでまた落ちていたら何時でも言って下さい。」
「枯葉はまた出てくるもんな」
「ええ、1日と経つ事枯れていく。何もしていなくても若い葉との交代が迫られていく。そんな枯葉は人間ですよ私たちと同じ、人間です…」

「そういう風に感じて甲斐甲斐しく君が枯葉お世話してくれているだけで、枯葉は天国に行けたであろうよ、、、」

「それだと嬉しいです…。」

「また、若い葉に成って帰って来て欲しいなと、
思えるので」

「はは笑」
「ずっとそう思っていたらいい、君が忘れなかったら、枯葉にも伝わるさ、」

「ところで、青年。君の名前は?」




「斎藤です。まだしがない清掃員ですが、」
「そうか、斎藤くん。まあ、いつかまた会えるだろう。」

「話を出来て嬉しかった、自分があの時感じたかったことも思い出せたよ。」とおじいさんは言う。
「はい、それなら良かったです。また会う時に覚えておきたいので聞かせてください、おじいさんの名前は?」

「ああ、私は斎藤だよ。」

「またな、そろそろベッドに戻らなければ。」



とおじいさんは、、
一瞬、信じれなかったが
目の前で天国へと消えていった。




「斎藤さん、、ご臨終です。」

2/20/2024, 3:18:48 AM

雪に埋もれ、枯葉が顔を出す。
すっかり散ってしまったその葉は、雪に揉まれ足で踏み潰されて土と同化する。
そうして微生物に吸収されて静かに養分となり、また春に花を咲かせるのだろう。

2/20/2024, 3:14:20 AM

人は誰でも、あらゆる人と似ていて、一部の人と似ていて、誰にも似てない。

2/20/2024, 3:11:54 AM

あなたって得だよね

彼は私の急な言葉にきょとんとしている。

だって、あなたは枯れても落ち葉って言われて押し花にされたりするじゃない?私は枯れると見向きもされなくなるんだよ

まくし立てるように言うと、彼は驚いた顔をして、それから肩を震わせて笑いだした。なんなのと眉をひそめる。少し顔が熱い。

いや 君がそんなことを考えていたとは
僕からすると、君も得してると思うけどね

彼はおもむろに私と視線を合わせた。

君は生命を芽吹かせる
その一瞬だけでみんなを感動させられるんだ
だから寒い冬の中、みんな君が来るのを待っていられるんだよ

彼の真剣な眼差しに顔が蒸気する。僕は最初から最後まで変わらない景色だから飽きられているかもねと彼は言った。私はカッとなって

そんなことない!

気づくと身を乗り出していた。ぱちくりした彼の目が目の前にあって、さっきよりも顔が沸騰した。
すると彼は声をあげて笑った。
羞恥心でどうにかなりそうだったけど、彼につられて私も笑ってしまった。
私は彼をちらっと見た。
本当は最初、あなたは枯れても綺麗ねって言いたかったんだ。

.枯葉

2/20/2024, 3:09:10 AM

木々が色づく季節が好き。
だんだん寒さが深まって、
人は暖かさを求めるようになるから。
枯葉、舞う。
世界がだんだん色を失くす。
今日も私は旅に出る。
温もりのある場所を探して。


「枯葉」

2/20/2024, 3:07:03 AM

『枯葉』

たきびだ たきびだ おちばたき
あたろうか あたろうよ
そうだんしながら あるいてる

枯葉をあつめて おちばたき
あなたとわたしのほのおよ
ながくながく ねがってる

2/20/2024, 2:56:04 AM

「枯葉に落ち葉、断然秋のイメージ強いけど、俳句の世界じゃ『冬』なのな……」
へぇ。調べてみるもんだ。某所在住物書きはスマホの画面を見ながら、季節外れの高温に顔をしかめた。
東京、23℃だそうである。しかしながら気象庁によると、今から90年程度昔の1930年2月、東京で25℃に迫る最高気温が観測されたらしい。

「初夏の気温の日に、秋を思わせる『枯葉』のお題が来て、実はそれが冬の季語……」
春だけが迷子。物書きは上手いこと言った気だが――

――――――

2月と思えぬ高温到来のこの頃、体調等、お変わりなくお過ごしでしょうか。季節外れにアイスなど食す物書きが、こんなおはなしをご用意しました。

都内某所、都内にしてはそこそこ深めの某森の中に、不思議な不思議な稲荷神社がありまして、
敷地内の一軒家には、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしておりました。
末っ子の子狐は、お花とお星様が大好きな食いしん坊。美味しいお肉、美味しい山菜、美味しいお菓子、それから美味しい果物に目がありません。

そんなコンコン子狐、最近楽しみにしているのは、神社の近所、某アパートに住んでいる、藤森という名前の雪国出身者。去年、ひとつ約束をしたのです。
『実家が自家製雪中リンゴを始めたらしいから、
暖かくなって雪溶ける頃、子狐にも少し贈る』
それは青森をはじめとして、秋田や山形、長野等々でも作られている、豪雪を利用したスイーツでした。
メタいハナシでは、12月15日付近投稿分参照。
スワイプが面倒なので、気にしてはなりません。

昨今の暖冬で、例年より早く雪の中から掘り起こすことになったという、藤森の実家の雪中リンゴ。
今日ようやく、子狐の住む稲荷神社に、約20個入りの箱に詰めて、藤森の手により届けられました。
重さにしてだいたい5kg。都内価格やハウマッチ。
赤くツヤある1個と、黄色く美しい1個を、それぞれ母狐が6等分、スライスしてくれました。

「あまい、あまい!」
コンコン子狐、人生ならぬコン生初、雪中リンゴをご賞味です。シャクシャク、シャクシャク。藤森の故郷の冬の終わりを、子狐、幸福にご賞味です。
「セッチューリンゴ、あまい!」
東京から出たことがない子狐、ジューシーなスイーティーに、おくちいっぱい、かじりつきました。

冷たい雪が酸味を抑え、甘味を増やすその仕組みを知らぬ子狐、見知らぬ雪国を思い浮かべます。
きっとそこには、魔法の雪があるのです。食べ物をうんと美味しくする、不思議な雪があるのです。
藤森の故郷はきっと、それがたんと積もって、リンゴもブドウもダイコンもタケノコも、すべて、美味しくするのです。そうに違いないのです。

「雪に埋めれば、甘くなるなら、」
コンコン子狐、子供なので、閃きました。
「枯葉のお布団に埋めても、甘くなるかな」
なりません。土に還って、良き肥料になるだけです。
でも子狐、子供なので知らぬのです。

子狐の神社の住所は東京。遠い寒い藤森の故郷のように、魔法の雪はありません。
だけど子狐の神社には、稲荷のご加護、ウカノミタマのオオカミ様のご利益深き、水と草花と木とキノコと、もちろん枯葉も、あらゆる場所にあるのです。
魔法の雪には、ご加護とご利益の葉っぱで勝負!
コンコン子狐、残った18個のリンゴの中から、イチバン大きい、赤いリンゴを選び出して、パックリ!
小ちゃなおくちをしっかり開けて、小ちゃな牙でしっかり噛み持って、
神社の庭の、こんもりフッカフカに積もった枯葉のお布団へ、トテトテチテチテ、持っていきまして――

「あがっ、あがが……」
なんということでしょう。せっかく枯葉のお布団を、前足使って一生懸命掘ったのに、
リンゴをあんまりしっかり噛み持っていたせいで、
子狐の口から丸いリンゴが、ちっとも、少しも、たったの1ミリも、外れてくれないのです。
「がが、ぎゃぎゃぎゃ……」
どうしよう。助けてかかさん、助けてととさん。
コンコン子狐、枯葉の穴の前で少々困り果てますが、
丁度通りかかった「雪中リンゴの送り主」、藤森に無事救出されて、事なきを得ましたとさ。
おしまい、おしまい。

2/20/2024, 2:32:15 AM

秋晴れに外の空気を、すいたくなる。
家というのは、寒さを凌ぐものである。
私は住みたい家がある。
それは、ログハウスだ。 別荘とは違うもの
ずっと住みたくなるものがいい。
カフェのような 家に住みたい。
ひとりは楽だ。
なにしたって、せかされない。
自分のペースがあるから。
毎日のように、焦り、せかされる。
のんびりひとりで、過ごすのが一番。
人と言うのは、ペースを乱されがちである。
だから、せめて秋晴れになったら少しは
楽に生きたい。

2/20/2024, 2:30:11 AM

枯葉、努力できなくて可哀想だ。
枯葉、俺は進むぜ。
枯葉、さよなら

2/20/2024, 2:10:50 AM

仕事に行く道、遊びに行く道、普段行く道はアスファルトの硬い道。おしゃれな靴で歩くときも、自転車に乗るときも、車を運転するときも舗装されたきれいな道は安心して進める。

気分転換に自然の中に入るとき、土で靴は汚れるし、地上に出てきた木の根っこに躓くし、足元の不安定さに慎重にならざるを得ない。それでも枯葉の積もった土のかすかに沈んで体の重さを受け止めてくれるその柔らさかに、癒やされる。

2/20/2024, 2:04:26 AM

枯葉

踏むのは面白いし、情緒としては詩的なかんじではあるが、
実際は掃除が面倒。

役に立つものでもあるんだけどね

2/20/2024, 2:03:06 AM

枯葉

枯れ葉掃除って、何をすればいいんだろう。
そもそも、どうなったら掃除したってことになるんだろう。
おじいちゃんに押しつけられたほうきを、適当に掃きながら考える。
とりあえず、1か所にまとめてみる。
すると、もう少しで終わる、となったところにいとこが飛び込んできた。努力の結晶が一瞬で無に帰ったものだから、思わず顔をしかめてしまった。
しかし、枯れ葉吹雪でキャッキャと遊んでいるいとこを眺めていると、なんだか毒気を抜かれてしまう。
こうしてる間にも、枯れ葉は庭を独占してしまおうとひらひら舞い踊ってる。
私は肩を竦めながらも、また性懲りもなく枯れ葉を掃きはじめた。

2/20/2024, 2:00:53 AM

枯葉。パッケージとかしてしおりなんかにしたらおしゃれそう。でも枯葉にそんな手間かけるのはあほらしいわな。

 バイトで外を掃除してると枯葉ってわりとうざい。ちょこちょこあったりするけど掃除しないと景観が悪くなるから。

 あと枯葉で書けそうなことってなんもないな。最近のことでも書くか。

 最近は暖かくなってきてもう電気毛布も必要ないな。でも来週だかにまた寒くなるっていうし衣替えはまだ早いか。

 ちょっと前は部屋で靴下をはいてたけどそれも必要ないくらい暖かい。いつもこれくらいなら過ごしやすいんだけどな。

 そういえば花粉症は症状出なくなった。ちゃんと薬がきいてるみたいだ。

 市販薬じゃだめと思っていたけどばっちり効果あるわ。しかし花粉症の薬代だけど結構かかるのきついわ。

 耳鼻科にいって薬もらったほうが安くすむのかな。前に調べたらあまり変わらなかったけど実際はどうなんだろ。

2/20/2024, 1:48:22 AM

肌寒い風に身を震わせながら、並木道を歩く。

左右に植えられた木々の葉は既に変色していて、秋の訪れを強く実感させる。

路面には、落ち葉となってうっすらと積もっている枯葉たち。

春に芽吹いていた生命の象徴は、いまやその役目を終えようとしていた。

嬉しいことも悲しいことも、気づけばあっという間に過ぎていって、何事もなかったかのように季節は巡る。

秋は、四季の中で最も哀愁を感じさせる季節だ。

それを視覚的に表しているのが、色褪せた葉っぱ。

なんとなく今日を生きている私も、いつかは枯葉と同じように、やがて風化していく。

それを思うと、年老いていくことは避けられないのに、漠然とした不安と恐れを抱かずにはいられない。

これもまた、人情というものだろう。

人は理性的ではあるけれど、生き物である以上、感情に抑制が効かないこともある。

私はいま、人肌が恋しい。

誰かとまったりしたひと時を過ごし、肌を重ね合わせ、愛を育むことを切望してしまう。

三十代にもなっていまだに男の人を知らないのだから、拗らせている。

このまま私は、四十代を迎えてしまうのだろうか。

答えてくれる人は、どこにもいない。

……寒空の下、またヒラヒラと枯葉が舞っている。

苦悩を抱えて、私は落ち葉を踏みしめていく。

クリスマスのイブまでには、恋人をつくりたい。

心から、それを望む。

2/20/2024, 1:36:02 AM

昨日は、ウーバーイーツの配達をした。このアルバイトはストレスフリーで大変やりがいのある仕事だ。皆様が想像する配達の仕事は対面で現金を扱い、商品の手渡しなど手順があると想像するのではないだろうか。しかし、ウーバーイーツの配達は現金はもちろん事前にクレジットカードや電子マネーでの支払いを終えている方の配達を行うので、商品をお客様に渡して終了の場合が多い。それから、商品をどうお客様に渡すのかにも方法が2種類ある。まず、対面での手渡しだ。次に、置き配による配達だ。実際にどちらが多いかと言われると、置き配の割合の方が多いと考える。この説明だけでは、なぜストレスフリーでやりがいのある仕事なのか私の体験談を交えて説明していく。まず、商品をコンビニエンスストアやすき家などに受け取りに行く。次に、それをお客様の家に届ける。私は、この間に人と接するのは、商品を受け取る時と商品を渡すときだけだ。また、置き配の割合が多いとさきほど説明したが、それも相まって人とコミュニケーションを取る回数が少ない。だから、ストレスフリーで行うことができる。しかし、多少のストレスはもちろんある。それは、車の交通マナーについてだ。目の前で急な車線変更や体すれすれでの追い抜きなどが多くある。そのような、交通によるストレスを感じることは多少ある。次にやりがいについて説明する。私がやりがいを感じる時は、時給計算したときに高い水準を達成しているときだ。ウーバーイーツの配達は完全歩合制なので、配達をすればするほど時給が上がっていくシステムになっている。私は、時給を上げるために商品をバックに入れるスピード、商品を運ぶまでに近道を利用する、いかに商品を揺らさずに運ぶ、この3点を交通ルールに気をつけて日々配達に勤しんでいる。そうする事により、自然と時給1500円が水準となっていたので、これからもこの取り組みを続けていきたい。さて、本題へと話を戻そう。したがって、UberEATSの配達は初めての人でも取り掛かりやすいアルバイトであり、ストレスフリーで自分の力量で時給が変動するやりがいのある仕事である。

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