ードロドロのチョコー(バレンタイン)
一日前に、私は生まれた。
生みの親は、あの子。
私は、愛しい彼に、思いを伝えるために生まれてきた。
大丈夫、バッチリ伝えてあげるから。
心配そうな顔しないで?
あの子は、何度も味見をした。
「これなら絶対いけるよね」
そう言って、満足そうに笑った。
「…甘いの苦手って言ってたっけ?」
一瞬だけ、手が止まる。
でも、すぐに首を振る。
「チョコは別でしょ」
私は、綺麗な模様の包装紙に包まれた。
そして、鞄の中に入れられる。
――――――
少し揺れる。
教室のざわめきが、布越しに遠く聞こえる。
時間が、ゆっくり過ぎる。
「あなたハートの形なの?」
ノートが、ぽつりと聞いた。
「ううん。普通の四角。でも、美味しいよ!」
「ハートじゃないのかぁ?義理と間違えられるかもな」
筆箱が言う。
「……大丈夫でしょ」
ノートは目を伏せた。
「あの子最近、よく一緒に話す男の子がいるのよ。伝わるんじゃない?」
「どうかな。僕の扱いも雑だったしね、あいつ。折られたところがまだ痛いや」
古いノートが、自分の角を見て言った。
―――――――
放課後
チョコは無事渡された。
「ちゃんと食べてね?」
あの子は、笑って念を押した。
男は、少しだけ困った顔をした。
でも、受け取った。
鞄の中は、ぎゅうぎゅうだった。
―――――――
鞄の中
無造作に放り込まれ、
ジッパーが閉まる。
暗闇。
布の匂い。
少し、息苦しい。
遠くで何かが擦れる。
「またか」
「溶けないといいけど…」
誰かが小さく言った。
しばらく、何も動かない。
重たい空気だけがある。
「…こんにちは」
チョコは、控えめに声を出した。
返事はない。
ただ、何かがこちらを見ている気配だけがある。
「あんた、匂いが強いね」
やっと、声。
「え?」
「思いが重いってこと」
かすかな笑い。
チョコは、自分の甘い匂いを確かめる。
確かに少し、強いかもしれない。
「……あの人、甘いの苦手…」
ほとんど息のような声。
チョコの中が、ひやりとした。
「私、えっと、どうなるの?」
今度は、本当に誰も答えなかった。
暗闇が、少しだけ近づいた気がした。
――――――――
男の家。
チョコは引き出される。
男は少しだけ見つめた。
「ちゃんと食べてね、か……」
小さく息を吐く。
一瞬、指が止まる。
でも。
「甘いの、苦手なんだよな」
男は包装紙からチョコを出し、細かく割ってから流しへ落とした。
水が流れる。
甘い匂いが、広がる。
薄まる。
何が、重かったのだろう。
あの子は、知らない。
知らないまま、
きっとまた、同じ顔で笑う。
私は溶けて、
形をなくして、
ただ甘さだけを残して消える。
――――――――――――――――――
ふー。疲れた。明日は日曜日ですよ!
おやすみなさい。22:00
ー折りたたみ傘ー(待ってて)
テレビから聞こえる天気予報を傘は拾った。
「曇りのち雨、午後は雨になるでしょう」
やった!
最近は快晴が続いていたから、あの子に開かれるのは久しぶりだ。
早く、雨にならないかな。
傘は思った。
あの子はきっと、私を鞄に入れていってくれるだろうから、と。
案の定、あの子は傘を、鞄の中へ入れた。
久しぶりに感じる、ぎゅうぎゅうな感じ。
道具たちと会うのも久しぶりだ。
傘は言う。
「ひさしぶり!」
「いつぶりだぁ?良かったなぁ!」
筆箱は、傘に対してそう言った。
「今日は濡れてないでしょうね…」
言ったのはノート。
実はこの前、前日に使ったのを忘れられて、中のものまで濡らしたことがあった。
「大丈夫だよ!最近は快晴だったし」
「…それもそうね」
「うらやましいな。僕は使われていない上に、ずっと忘れられてるから…」
そう言った古いノートに同情しつつ、傘は少し、誇らしい気持ちになった。
それからしばらく、傘は静かに雨を待った。
放課後。
雨が降っていた。
良かった。
傘は思う。
しかし、違和感があった。
あの子は、いつまでたっても、傘を外に出そうとしない。
どういうこと?
鞄が揺れた。
あの子が少し、走っていると分かった。
声が聞こえた。
「あのさ」
あの子の声だった。
「傘、“忘れちゃった”んだけど…」
えっ!?
私はここにいるのに?
傘は、何が起きたのか、まだ理解できていない。
あの子は続けた。
「入れてくれないかなって」
「いいけど…」
つまり、つまりどういうこと?
混乱している傘に、ノートが言った。
「最近、あの声の男の子と話してるみたいなの」
筆箱も言う。
「恋してるんだろうなぁ」
古いノートも言った。
「僕が何度、彼に貸し出されたことか…」
傘は、少し状況をのみ込んだ。
「じゃあ、私は、あの子が相合傘をするために、ないふりをされてるってこと?」
「そういうことね」
「それは…」
傘は複雑だった。
あの子が恋愛をしていることは、嬉しい。
しかし、“ないふり”をされたことは、とても悲しかった。
「まぁ、しょうがないよ、僕もはじめは嫌だったし」
古いノートが言う。
「そう、だよね」
傘は言う。
しょうがない。
しょうがないよね。
でも…。
あの子が鞄の中にすら、入れてくれなくなる気がしたから。
傘は、鞄の中を濡らしてはいけないと、考えないようにするほかなかった。
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おやすみなさい。21:00