一尾(いっぽ)in 仮住まい

Open App
9/10/2024, 3:02:09 AM

→『彼らの時間』4 〜恒久的〜

 今まで何人かの女の子と付き合った。好きだったし、それが当たり前だと思っていた。
 高校を卒業して就職したり大学行ったり、18歳の進む道はそんなものだと思っていた。
 ワタヌキコウセイに再会するまでは。
 好きだと思う気持ちに性別の枠は必要なく、自活の道に起業するという選択肢があることを知った。 
 視点の広がりが、価値観を多様化させる。人生は瞬間の集合体で、一時的の連なりが恒久的ともなる。
それなら……――。
「コウセイ」
 変化を楽しんたほうが得だと思う。
「ワタヌキって呼んでってば」と、彼はさっそく嫌そうな顔をする。
「俺のことはヒロトって呼ぶのに。それにさ、苗字って恋人感薄くない?」と、コウセイの肩に顔を埋める。途端に両手を突っ張って体を離された。
「名前で呼ばれるの苦手だって説明したじゃん」
 コウセイの細く長い指が俺の肩に食い込んでいる。彼の彫刻みたいなきれいな手から伝わる、離したい、離したくない……そんなジレンマ。学生起業をする大胆さは何処へやら。変化を怖れて右往左往。
 まるで迷子だ。感情の迷子。
「もしかして! コウセイにとって、名前呼びって倒錯的プレイに近い感じ?」
 彼の気分を変えようと話を振ってみる。
「は? な、何言ってんの? どうしてそうなるの?」
 おっ、食いついた。
「俺のことを優しいってやたらと褒めるのも、そういう願望の裏返しとか?」
「もー! いい加減にしないと怒るよ!」
 慌てふためくコウセイ。たまらなく可愛い。あ、でも俺にSとかそんな趣味はない。圧倒的にコウセイが可愛いだけ。
 立ち去ろうとするコウセイの手を引く。
 態勢を崩した彼は、ソファ背もたれを掴んで俺と向かい合った。俺を見下ろす彼の顔に緊張が走る。
「コウセイは怒っても可愛いよ」
 彼の大きな目に、なんとも言えない色が浮かんだ。不安とか警戒とか、ほんの少しの信頼とか。
 そう、怖くないよ、怖くないから。「コウセイ?」
「……ごめん」
 あー、これ以上はイジメだよな。
「ムリは駄目だし、今日はここまで! これからもずっと二人の時間は続くんだから」
 そう言ってコウセイの頬にキスをした。小さな声でごめんとさらに謝るものだから、脇をくすぐってやった。そしてコウセイの仕返し。二人で笑い転げて、土曜日の午後。
 世界に一つだけの、俺たちの午後。
 
テーマ; 世界に一つだけ

9/9/2024, 6:17:23 AM

→『彼らの時間』3 〜一時的〜

 中学校に上がる前、両親が離婚した。
 高校生のとき、友人たちと学生起業した。初期メンバーはあまり会社に残っていない。 
 ずっと一緒にいようと約束した初めての彼氏は姿を消した。
 人間と信頼と恒久的って相性悪いんだな、と教訓を得るには十分な教材たち。
 だから……――。
「コウセイ」
 好きな人に名前で呼ばれるのは怖いんだよ。名前ってパーソナルど真ん中なんだもん。嬉しさに胸が高鳴って、この恋が永遠に続くと勘違いしてしまう。
「ワタヌキって呼んでってば」
「俺のことはヒロトって呼ぶのに。それにさ、苗字って恋人感薄くない?」
 並んで座るソファで、ヒロトくんは拗ねたように僕の肩に顔を押し付けてきた。しかも上目遣いにこっちを見てる。止めてよぉ。塩顔イケメンと可愛い素振りは混ぜるなキケンのあざとさだよ、ヒロトくん……。胸の鼓動がムラムラに変わる一歩手前。
「名前で呼ばれるの苦手だって説明したじゃん」と、彼を肩から引っ剥がす。
 ヒロトくんは切れ長の目を大きく見開いた。あー、これ、何か閃いたときのヤツだ。「もしかして! コウセイにとって、名前呼びって倒錯的プレイに近い感じ?」
 ほらほら、変なことを言い出した。
「は? な、何言ってんの? どうしてそうなるの?」
「俺のことを優しいってやたらと褒めるのも、そういう願望の裏返しとか?」
「もー! いい加減にしないと怒るよ!」と話を終わらせようと立ち上がった僕の手を、ヒロトくんは強く引いた。
 態勢を崩した僕は片手を彼に取られたまま、ソファのヒロトくんを囲うように片手で背もたれを掴む。壁ドンならぬソファドンの状態で、僕はヒロトくんを見下ろした。 
 彼の手が僕の頬を触れる。顔が熱い。「コウセイは怒っても可愛いよ」
 彼の優しい眼差しが、僕の教訓を揺るがせる。もう少し人を信じてもいいのかな、なんて気にさせる。
「コウセイ」
「……ごめん」
 それでも思い切れない自分の弱さが謝罪を口にさせる。この関係が一時的なものではないと、信じられたらどれほど幸せだろう。
「ムリは駄目だし、今日はここまで! これからもずっと二人の時間は続くんだから、ゆっくり攻略してやる」
 いたずらっ子のようにニヤリと笑って、彼は僕の頬にキスをした。

テーマ; 胸の鼓動

9/7/2024, 5:10:41 PM

→『彼らの時間』2 〜時よ、進め。〜
           (改稿 2024.9.8)

 踊るように手を動かしたワタヌキ昴晴は、階段の手摺を掴んだ。階段の踊り場で、彼の繊細で美しい手の動きに目を奪われた。
 何とか友だちになりたくて、次の授業中に声を掛けた。国語だった。なぜだか心臓が跳ね上がるように速く打った。
「時を告げるって、なんか大層な言葉だよね」
 急に話しかけられた彼は驚いた顔で何度も小さく頷いた。
 その日の夜、なかなか寝付けず、「時よ、進め」と朝を待った。新しい友だちと早く会いたかった。それが友情とは違う、焦がれるという感情だと知るのは、もっと先の話だ。
 
 あれから十年。偶然の再会を経て、ワタヌキと一緒に暮らしている。
「おかえり」
「ただいま。あれ? もしかして夕食作ってくれたの?」
「まぁね」
「ヒロトくんは優しいね」
 ことある事に、ワタヌキは俺を優しいと言う。褒められている気がせず、彼を遠くに感じることがあるのは、何故だろう?
 スーツ姿のワタヌキがネクタイに指をかけた。彼の美しい手が神経質にネクタイを解く。とても絵画的だ。何度も見ているのに、つい目で追ってしまう。
「ワタヌキ、生姜焼き、好きだろ?」
 食べたかったやつだーと嬉しそうな声を残してワタヌキは着替えに行った。
 ワタヌキは名前で呼ばれることを嫌がる。コウセイと呼びかけても返事をしない。
 そう言った垣間見える問題を、いつか二人で乗り切りたい。
 そしてずっと一緒に暮らすのだ。笑ったり、喧嘩したり、コウセイと手を取り合って。
 二人の時間が今よりもっと絆を強くしますように。「二人の時よ、進め」と生姜焼きを盛り付けながら、呟いてみた。
 
テーマ; 踊るように

9/6/2024, 9:26:22 PM

→『彼らの時間』1 〜時よ、止まれ。〜

「時を告げるって、なんか大層な言葉だよね」
 小学3年生の国語の時間、隣の席の但馬ヒロトくんがそう言った。
 大層という単語を初めて聞いた。僕はその意味をわかっていないくせに、彼の整った横顔に見惚れて「うん」と頷いた。ずっと見ていたいと思った。時間が止まればいいのになと思ったら、チャイムが鳴った。
「あっ、時、告げられたね」と彼は笑った。

 あれから十年が過ぎた。時は止まらず、その波にのまれて、僕は大人になった。
 朝、スマホのアラームが鳴る。慌ててそれを止めて横を見る。キレイな横顔が健やかな寝息を立てている。良かった、起きなかった。
「ヒロトくん、朝だよ」
 僕はたっぷりと彼の横顔を堪能して声をかける。小学生の時も格好良かったけど、今は大人の色気でさらに尊い。
「おはよう」 
 ヒロトくんは大きく伸びをして、僕にキスをした。
「うん、おはよう」
 二人だけの世界。なんて素晴らしい朝だろう。
 あぁ、ヒロトくんに朝を告げる、その時間が少しでも長く続いてほしい。
 この関係に多くを望んではいけないのは解ってる。優しい彼が僕に付き合ってくれてるだけだから。
 それでも、僕はことあるごとに「時よ、止まれ」と願ってしまう。
 終わりが告げられる、その時に怯えながら。
 
テーマ; 時を告げる

9/5/2024, 8:29:48 PM

→短編・恋の始まる日

 風が通り抜けて、人々にいたずらをした。
 少年は風に押され、少女はオカッパの髪を乱された。
「貝殻みたい」
 少年の一言に、少女は慌ててヘルメットのような髪を撫でつけ耳を隠す。他の人よりも大きな耳は彼女のコンプレックスだった。
「どうして隠すの?」
 顔を赤くして耳を押さえる少女に驚いたのは少年だ。少女のひらひらと薄い大きな耳はとても美しい。巻き貝そっくりで、自分なら見せびらかすだろう。隠す理由が少年には一つも思い浮かばなかった。
「だってカッコ悪いもん」「キレイなのに」
 少女の呟きに少年の賞賛が重なった。
「し、知らない!」
 少女は逃げ出した。恥ずかしいのとは別の熱が彼女の頬を朱く染めていた。心がムズムズとこそばゆい。
「明日! 図鑑持って来るよ!」
 少年は少女の背に誘いかけた。少女と同じように少年の頬も染まっている。

 きっと明日も明後日もその後も、二人は顔を合わせる。二人の小さなハート型の時計が動き出す。

テーマ; 貝殻

Next