→短編・心模様
スマートフォンのsnsアプリから友人を遊びに誘ってみた。
―今、暇? 遊びに行かん?
―あかん、雲り
―じゃあ仕方ない ごゆっくり
どうやらメンタル下降中だったようだ。
友人は精神的に落ち込んでいる状態を「心が雲る」と表現する。
以前、何となく気になって「曇り」ではないのかと尋ねたら、「心が曇る」と表現するのは逆に変だと言う。心のモヤモヤは雲海のようなもので、日が雲に遮られるような感じではない、と。
「『ガスってる』と同じ用法」
「なるほど」
それ以来、彼女のその表現に違和感を覚えることはなくなり、むしろしっくりくるようになった。
私は空を見上げた。曇り空。灰色の雲が続いているが、ほんの少しの切れ目から陽の光が地上に注ぎ込んでいる。天使の梯子。
友人のメンタルが早く回復できたらいいな、と思った。
テーマ; 雲り
→臨時ニュース
……ただいま速報が入りました。
長らく「春一番」だと伝えられてきた強風が、気象庁のAI解析により冬将軍による冬終了メッセージであると判明したもようです。
あっ、ここで続報です! 解析されたメッセージの内容が発表されました! メッセージは「bye bye…」! 「bye bye…」だそうです!
気象庁の会見が始まっ……た、ようですね。中継の佐々木さぁ~ん!
テーマ; bye bye …
→君は青と表現し、私は緑だと言うことが度々ある。
ところで、私と君の見ている景色が一緒だという確証は、どこにあるんだろうね?
試しに答えてよ。
目の前の信号、何色?
テーマ; 君と見た景色
→意固地・解凍
負けるもんかと独り相撲
固く結んだ拳を振り回して
周りなんか見る余裕もなく踏ん張って
今日までやって来た
「そんなに必死にならなくてもいいんだよ」
骨が白く浮き立つ僕の指を一つずつ
あなたは丁寧に優しく解いた
久しぶりに五指の離れた掌に風
握るもののなくなった僕の手に
あなたの手が重なる
あなたはのんびり歩き出す
僕の手を引いて
「ちょっとゆっくり散歩でもしようよ」
あなたの体温が雪解けのように
僕の意固地を解かしてゆく
僕の肩から片意地が落ちた
突き出しすぎていた顎が下がった
勝ち負けではなく二人で
繋ぎ合わせた手の温かさ
目に映るものをしっかり見て
今日から歩き出そう
テーマ; 手を繋いで
→短編・短編迷子
「どこ?」
坂道の途中で、幼い声が私の足を止めた。質問の意味を求めて声の主を見遣る。
おかっぱ頭の少女が小首を傾げて私を見ている。知らない顔だ。私たちの視線が交わると同時に、彼女は再び「どこ?」と同じ質問を繰り返した。
「何か探し物かな?」
取り合う義理もないが、無視するのも気が引ける。不完全な問いに対して私はなるたけ優しく問い返した。
少女は頭を振った。おかっぱの髪が揺れる。
「ここ、どこ?」
幼年者独特の澄んだ瞳が、縋るように私を凝視する。そうか、迷子か。
さて、どうしたものか。まずは、ここがどこかを教えて、彼女がとこから来たのか、誰と来たのかを訊いてみよう。
「うん、ここは、ここ……?」
ここは坂道? いや、階段坂? ドクンと心臓が大きく震えた。あれ? 私はどこにいるんだ?
「坂道の途中」しか解からない。都会か田舎か住宅街か、文字の情報はほとんどない。え? 文字?? 文字の情報?
「ここはどこ? わたしはだれ? あなたはだれ?」
おかっぱの少女。しかしそれしか解らない。身体については書かれていない。つまり生首。
圧倒的に描写の足りていない小説で、辺りは穴だらけ。
坂道と生首だけの奇々怪々の世界で、私は自分を確認しようとしたが、何もなかった。私に関する記述は、何もなかった。
テーマ; どこ?