「恋愛って何をどうやったらハッピーエンドになるのか分からない」
「はあ」
その時僕はひらめいた。あ、この会話、前にもしたことがあるぞと。
「大変だ。たった今二周目が始まってしまったかもしれない」
「ここがタイムリープの起点というわけね」
「話が早すぎない?」
為末未散は前回と同じく、これだから小田くんは、とでも言いたげな目で僕を見ている。
そう、この会話はきっとアドベンチャーゲーム形式で始まっており、さっきの為末の発言が分岐点になっているに違いない。
強引にそういう展開にでも持っていかなければ、僕らが愛について語るのはちょっと難しすぎる。
そういうものの色や形って、僕にはどうしても手ざわりがわからないから、恋愛はしばしば冷たい変数で構成された遊びに変換される。
二周目の僕は、攻略対象として再設定された恋愛ゲームのキャラだ。
それでも、彼女たちの思い通りの言葉を喋ることはできないようだけど。
「それで、今回の為末はどうしたいの?」
「前回の私が何をしたのか知らない」
「愛を育ててたよ。校舎裏の花壇に埋めて」
「語感に頼っているわね」
おお、為末の好感度メーターが見えるようになってきた。
真っ青だ。
残念ながら僕の視点ではこのゲームのシステムが詳しく理解できないようだけど、良くはない状態だろうなということは雰囲気でわかる。
「どうしたら上がる? 好感度」
「私に聞かないで自分で考えたら」
「事前に本人に聞いたほうが事故がないかと思って……。だってそんなこと言いつつも、考えて考えて深く考えて三日三晩悩んだ末に選んだプレゼントがお気に召さなかったら、君達は容赦なく好感度を下げるんだろ。個人の裁量で」
「悪い?」
開き直られてしまった。酷い。
あれ?
もしかして僕は攻略対象ではないのか?
ひょっとして僕が攻略する側なのか?
どうしよう。今すぐこのゲームを終わらせたくなってきた。
もっと早く気づいてもよかったかもしれない、最初から視点人物は僕だったのだから。
「うわ……恥ずかしい。すみません全部忘れてください」
「思い上がったわね、小田。貴方はそれでいい」
好感度メーターが黄色に近くなった。
怖い。意味がわからない。
急に呼び捨てにしてくるし。
「為末様、どうかLove you的なことを仰っていただけないでしょうか。そうしたらこのルートは終わる気がするんだ」
「媚びるな」
「あっ青に戻ってる。女心の操作、難しすぎない……?」
「少なくとも貴方風情が女心を操作とかほざいている間は言う気はない」
「そんな……」
愛してる、さえ満足に言えない僕は、いつこのLove youルートから解放してもらえるんだろう。
そんなに難しく考えこむことじゃないんだよと、遠くで誰かが笑っている気がした。
(Love you)
古い切り株の上に置かれた林檎を見て、ここには木があったのだと貴方は言った。私はその木がまだ生きていたころを一度も見たことがなかった。嘘かもしれないと思いたかったけれど、谷間の絶壁を叩いて笛の音のように響く風の呻きが切実だったから、そこへ根ざすことにした。
深い雪が素足へ染みこむようにして体温を奪う。貴方はただ黙っている。私にそんなことを頼んだ覚えはないとでも言うように、透明な愚かさのかけらをここへ埋めていこうと考えている、それ自体がもう手遅れなのだとわかっていながら、私を墓標にしたがっている。それならどうして林檎を置いたのか話してほしかった。風で乾いた貴方の唇がひらくのを待っていたから、聞きはしなかった。
私ではない誰かなら見たかもしれない枝から、赤い果実がしなだれ落ちて、どさりと雪が抉られる音がした。あるいは、枝葉に降り積もった雪が落ちただけかもしれなかった。どちらにしろ私はもう振り返ることもできない。貴方の足跡が吹雪の奥へ遠ざかっていっても、また帰ってくるのだろうと静かに考える。私は木になる。いつか山風に吹かれて折れてしまうだろう、細くてかよわくて、いのちかどうかすらも曖昧なひとつのもの。
それでも風除けぐらいにはなれるだろうか。この身がいつか透明になり、風が涙を凍らせる日を私は知らない。
(吹き抜ける風)
明るくて元気。そして、可愛い。
明るくて元気。そして、不健全。
明るくて元気。そして、美しい。
明るくて元気。そして、可哀想。
明るくて元気。そして、罪作り。
明るくて元気。そして、単細胞。
明るくて元気。そして、気分屋。
明るくて元気。そして、能天気。
明るくて元気。そして、破天荒。
明るくて元気。そして、朴念仁。
この中に成立しないものがいくつあるか答えなさい、と問われた。
国語。
そして、哲学。そして、数学。そして、美術。
そして、結局誰も正しい答えを出すことができなかった。
(そして、)
空を真剣に眺めたことなどあまりなかったから、夕方に流れ星が落ちるのはめずらしいことだなんて初めて知った。ましてや、その星を追いかけさせられることになるなんて思わなかった。
今日も数学の時間に寝落ちしていたから、実はまだ私は居眠りから起きていなくて、ずっと悪い夢でも見ているのではないかとすこしだけ疑っている。この夢が覚めたら、また覚える気にもならない記号が黒板に羅列されている光景を思い浮かべる。あかりちゃんには申し訳ないけれど、私の目に映る数式は星空と似ている。あの星を望遠鏡で見てみたら、その正体は数字かもしれないと思っている。
きっと黒板のなかには宇宙が広がっているのだ。だから、永遠にわからなくても仕方ないような気がした。
「早く早く! いつ消えちゃうかわからないんだから」
あかりちゃんは彼女の代わりに自転車を漕いでいる私の腕まで引っぱって、消えない流れ星をきらきらとした瞳で見つめていた。
私はというと、ぜんぜん興味がなかった。下り坂とはいえ、ふたりぶんの重さがのしかかった自転車を漕ぐのに疲れていた。あれは私が見つけた流れ星ではないし、消えないなんて変だと思う。
でも、もしあれがどこかに墜落したら、さすがに大変なことになってしまうかもしれない。あかりちゃんとはたぶん対極的に、私はそこそこ現実的なことだけ考えていた。望遠鏡や顕微鏡を通さなくてもわかる、本当にちっぽけな目の前のことだけを。
「たとえばさ」
あかりちゃんは両手を合わせて目を瞑りながら、なにかを真剣に探しているようだったので、風鳴りに負けないように大きな声で話した。
「もしあの流れ星が願いごとをしていいよって言ってきたらさ、あかりちゃんはなにしたい?」
「え? えーっと……そういうのは考えてなかった!」
そう言って、しばらく瞑っていた瞳を開ける。何それ、と私は笑った。
あかりちゃんは星を見るのが好きらしいから、あの流れ星が星空をすべってだんだん地球に近づいてきていても、最後の最後まで無邪気にはしゃぐだけかもしれないと思った。
「ねえ、見て。あそこで光ってるいちばん明るい星、とってもきれいなの。でも、あんなところに星ってあったかなぁ」
あかりちゃんはぱっと自転車から降りて道路に立つと、その方向を指さした。私もつられて同じほうへ首を傾けるけれど、もうどれが光っているのかよくわからなかった。
「流れ星はもういいの?」
「あ……忘れてた!」
あかりちゃんは不思議そうにしていたけど、すぐにまた見つけてあげるからね、と笑っていた。あんな得体のしれない流れ星がまた頭上に現れても私は困るだけだけれど、数学の授業だけ都合よく破壊してくれないかな、と考えた。
「そうだ、それ願っとこ」
「え、何? 何お願いしてるの? 教えてよ!」
あかりちゃんは慌てている。もう消えてしまった流れ星にそんな力があるとは思わないけれど、もし叶えてくれるなら私にこれ以上の望みはない。
知らないほうが楽しいじゃん、と言ったら、あかりちゃんは勝手に納得してくれた。彼女はちょっと変わっているけれど、たぶん本当にいい子なんだろう。
「ほら、もう帰るよ」
そろそろ日が暮れてしまう。急いでペダルを漕ぎ出したら、あかりちゃんが唐突に大声をあげたのでびっくりした。どうか何事も起きていませんように、と願いを込め、ゆっくりブレーキをかけて振り返る。
「見て。学校に流れ星が刺さってる……」
「嘘でしょ?」
あれは私のせいなんだろうか。
空を見上げると、きらりと光った流れ星がちょうど消えていくところだった。
(星を追いかけて)
東の空に呆れるほど綺麗な虹が浮かんでいたから、きみが心で泣いているしるしだと思った。
橋を渡ってもきみがそこにいないことは知っているから、わたしはきみのいちばんすきな色だけを踏まずに、この馬鹿みたいな道を勝手に通ります。
遅すぎた太陽が雲の隙間からこちらを覗き見ている。なんでもない泥濘に沈んで動かない偽物のほうが透きとおっているのは、待ち合わせの時間に来たことが一度もないからだ。
月でも星でもなんでもいいから、いつでもきみに寄り添ってくれるひかりが、ちゃんとどこかに灯っていたらいいな。
今日のきみは顔をあげて太陽を見られただろうか。
せっかく来たのにあいつはすぐに隠れてしまった。
夕方の風はすこし肌寒くて、涙のつぶに濡れた緑からさみしい雨上がりのにおいがした。
(どんなに離れていても)