『特別な夜』
村の言い伝え通り、百年に一度の赤い月の昇る夜が来た。
この日、村人は一人残らず広場に集まり、一晩中踊り明かさなければならない。
「絶対に、足を止めちゃダメよ」
今はもういない親友の言葉を胸に、私は無心でステップを踏み続ける。
周囲では村人たちが、恍惚とした表情で激しく舞っていた。
奇妙なのは、誰一人として足音を立てていないことだ。
数十人が踊っているというのに、広場は静まり返っている。
ふと、隣で踊っていた誰かがよろけて動きを止めた。
その瞬間、赤黒い靄が辺りを覆い、目を開けるとそこには誰もいなかった。
驚いて周囲を見渡すと、それまで踊り続けていた者たちが一斉にこちらを向き、音のない拍手を始めた。
無事に、乗り越えられた。
これであと百年は大丈夫だと。
『海の底』
深い深い海の底。
そこは光が差さず、静寂だけが支配する世界。
探査艇の小さな窓の外でライトが照らし出したのは、見渡す限りの「本棚」だった。
潮の流れに揺れることもなく、無数の古書が整然と並んでいる。地上では絶滅した革表紙の背には、金箔で文字が刻まれていた。
「……誰がこんな所に」
操縦士が呟いた瞬間、一冊の本が勝手に開いた。
ページから溢れ出したのは、インクではなく、鮮やかな記憶の光。
かつて地上で語られていた恋の言葉、忘れ去られた歌の歌詞。
それらが泡となって窓を叩く。
ここはきっと。
地上から零れ落ちた大切なものを、海が密かに拾い集めて綴じ直した書庫なのだ。
窓越しに手を伸ばすと、ひと際古い一冊に『海底二万里』というタイトルが見えた。
『君に会いたくて』
会いたくて会いたくて震えると唄う曲があったっけ。
私はいま、寒波に震えてる。
『どうして』
「どうして」という言葉には、どこか負の雰囲気がある。
「なぜ」にあるのは、純粋に疑問に思うことや、理解が及ばないことを考えている響き。
「どうして」には、上手くいかなかった事柄や納得のいかない気持ちが透けて見える。類義語は「なんで」だろう。
だからなのか、連続して書き連ねると怖さを感じるのだ。
どうして、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして――――どうして……
『寒さが身に染みて』
子供の頃もよく叱られていたけれど、大人になってからもそれなりに叱られている。
コンスタントに、定期的に、そして忘れた頃に。
相手の勘違いや、やり取りの行き違いも含めると、これ死ぬまで無くならないんじゃない?
こんな時は、何か美味しくてあったかいもの食べて元気出すしかないよね。
――と、仕事帰りにお気に入りの和食屋さんに立ち寄ったところ。
値上がりしてるー!
そんな……新年早々……
ああ、世知辛い。
寒さが身に染みるぜ。