"消えない灯り"
私にはひとつの楽しみがあった。
夜の、皆が眠りについた静かな時間
安物のアロマキャンドルに火をつけて、甘い白湯を飲みながら小説を読む。
冬はもこもこのコートと、ふわふわの膝掛けをして椅子の上で脚を抱えて本を読む。
ゆらゆらと普段見ることのない小さな灯りに愛されて
誰も邪魔できない、私だけの大切な時間
消えないでほしいと願う灯りを見つめている。
けれど一時間ほど経って眠くなってきたらその時間も終わり
キャンドルの火を消して、冷たくなった白湯を飲み干して
おやすみなさい、また明日
"きらめく街並み"
ある日の放課後、私は電車を待っていた。
季節はもう冬で肌を突き刺すような寒さが襲いかかり、思わずマフラーに顔を埋める。
皆が友人と話したり、俯いて携帯と睨めっこをしていたりと様々に、されど同様に電車を待っている。
私は冷たい風に足を擦り合わせ、今朝は鞄になんの本を入れたかを思い出していた。
私は立って電車の窓を見つめていた。滅多に眺めることのない早く流れる風景と、足元から伝わってくる振動。
読み終えてしまった本の代替えだけれど、楽しい
けれど遠くのあるものを見つけて、そんな気持ちは呆気なく霧散してしまった。
きらめく街並み、前までは日が沈むのも今より早くはなかった。
日に照らされたあの街はただの、本当にありふれた何気ない街並みだったのに。
いいな、あんなに輝いた場所でいられるなんて。
虹の端にいても何の気なしに生活するように、あの街で暮らしている人たちは何も感じていないんだろう。
最近では、なんだか疲れ果てている。
こんなただの風景に惑わされるほどにも
落ちぶれてしまった。
おかしいな、おかしいなぁと腹の奥で黒いものが渦巻き始める。
きっと明日もあのきらめく街並みに嫉妬するのだろう。
今度こそ読み終えてしまわないように、頭の中に読みたい本をいくつかリストアップして、電車を降りた。
"秘密の手紙"
届くはずのない手紙を書いている。
過去の私に向けた文章を
普通ならば、未来に向けて輝かしい言葉を綴って大事に取っておいたりするのだろうが、やはり返事のない手紙というのは寂しくて、途中で投げ出してしまう
過去に向けてもそれは同じだろうと思うけれど、対照的にどうしてなかなかペンが進む。
そのため過去の後悔だとか叱咤を書いている。
やっぱり自分のことなので、何を言えば自分が動くのかその時に必要な言葉はなんなのかは理解しているものらしい。
届かないのが悔しくなって、やり直せないのが悲しくて
投げ出したくもなるけれどやっぱりそれも許せなくて、不意に手が痛くなる。
こんなこともあったな、どうしてこんなことができたのか、なんて思い出そうとすればいくつも出てきて止め処ない。
気づけば便箋を何枚も使って届くはずもないものを書き連ねていた。
過去に届くことを願って、秘密の手紙を潰してゴミ箱に入れた。
"霜降る朝"
冬の朝に目覚まし時計に起こされる。
ツンと冷たい空気が鼻を凍て付かせている。
そんな感覚は嫌いじゃない
布団の中の暖かな空気に誘われて、頭の先まで布団を被る。
自らの体温で温かくなった布団は柔らかくて、とても心地がいい
いけない
このままでは遅れてしまうと自らを叱咤するように布団を蹴り上げる。
勢いのまま冷たい空気を弾き飛ばすようにググッと体を伸ばして、叩き起こす。
「ふぅうう…寒い」
けれど寒いものは寒い、体を動かせば温まるという母の言葉に倣って、いそいそと階段を駆け降りた。
鏡の前に立って、マフラーを首にかける。
くるっと回して、引っ張って、整える。
真っ赤なマフラーが首元でふんわりと寄り添っている。
その光景に満足したところで手袋を手に取ると、母が後ろに立っていることに気がつく。部活があるから遅くなるよ、行ってきます。と伝えて玄関の鍵に手をかける。
気をつけて、行ってらっしゃいという母の声を聞きながら扉を開けて、母に手を振って外に出る。
息が白い。マフラーからはみ出た耳が冷えていくのを感じる。
私はマフラーを持ち上げて暖かさを享受する。
公園を通って近道をしようとすると心地の良い音が足元から聞こえてきた
踏んだ瞬間になんなのか理解した。それを見るのは1年ぶりで、やけに久しぶりに感じる
しっかり見たいとつい手を伸ばして土を払い退ける。
そこには太陽に照らされて白く輝く霜柱があった。
まるで宝石のような、触れてみれば溶け出して手袋をあっという間に濡らしてしまう。
その冷たさに我に帰って手を引っ込める。
パッパッと手袋についた土なんかを払い落として、また地面にできた宝石を眺めている。
季節を感じるということは美しいことだと改めて思う。
私が生まれた季節になると、葉が赤く染まりあがる美しい光景が見られる。
季節を感じられる喜びから気分が高揚しつつ、霜柱を踏み潰している。