"20歳"
先月、2人目の兄が20歳を迎えた。
先週、1人目の兄がお酒を初めて飲んだらしい。
20歳になることに期待している一方で、自立した大人になれるのかという懸念がある。
今の自分では到底思い描けないので、やってみたいことを思い浮かべることがある。
お酒を飲んでみたい。飲んだらどうなるのか知りたい
タバコを吸ってみたい。父のように煙を操りたい
20歳とは人生の中でとっても大きな節目だと思う。
もしかしたら、まだまだ子供の私の感性だからこそそう思うのかもしれないけれど
優秀な兄たちと比べて未熟な点が目立つ私は、まだまだ大人になることは出来ない。
"三日月"
片側から照らされて、中途半端に見えている。
見るたびに綺麗だなと見惚れてしまうものの、中途半端という言葉がいつも頭の中を反芻してしまう。
いつもそんな自分が嫌いだったから、ずっと半端で終わらせて、また嫌になって逃げ出すの繰り返し。
同じ中途半端なくせして、美しいなんて。
羨ましい、とお門違いな嫉妬を掲げる私が、醜くて堪らない。
"色とりどり"
書道には、色がある。
使われている色は黒と白、そして印の赤色だけ
けれど、私には色がついているような気がしてならない
線の強弱による雰囲気だとか、墨の濃さが関係しているのかもしれない。
篆書 隷書 草書 行書 楷書
大きく分けるだけで五つある。
そこから更に分かれていって、独特の世界観、雰囲気が表れる。
それだから書道は面白い。
臨書という、すでにある古典を手本として忠実に書く学習方法がある。
古典は勿論ひとつしかない。
けれど、臨書する人によってその古典の解釈が異なり、更にまた色が生まれる。
人の臨書を見て、このように解釈したのかという色を学んで、また違う色を生み出していく。
ただの白と黒じゃない。奥ゆかしくて面白い。
私が普段臨書しているのは傅山(ふざん)と言います。
顕著に現れる線の強弱が生き生きとした書風で特徴的な古典です。
とっても可愛くてかっこいいので大好きな古典なんです!!
私もまだまだ未熟者。古典の色を学び、理解できるようにこれからも精進して参ります。
"雪"
ある日の放課後、試験が近かったため図書館によって勉強をしていた。
誰かが歩く音、紙が擦れ合う音、誰かの小さな話し声、とても小さな音でも耳が拾える程に静まった空間。
大好きな本にも囲まれて、世界で最も素敵な場所のように感じる。
なんだか機嫌が良くなって座ったまま足をパタパタと動かすと、床と足が擦れ合う。
腕時計を見ると、ここに来てから2時間が経過している。
もう外は暗いかなと窓に視線を送ってみると、ふらふらと不規則に舞い落ちていく沢山の白を見る。
ガタリと、この場所には似合わない音を立てて立ち上がり一瞬の他人の視線を感じながら広げていた教科書を片付けて鞄に詰める。
外に出て、見上げるとしんしんと窓から見た様子と変わらずに降り注いでいる。
雪だ、と相好がとびきり崩れるのを感じる。
この地域はあまり雪が降らず見るのは数年ぶり程
先ほど鞄から取り出した傘を持って差し、手だけ傘から出したりしてみる。どんどんと手が冷えていく。
私は満足しながら帰路に着いた。
"君と一緒に"
春の真っ最中、桜を見下ろして感慨深くなっていた。
今は昼ではなく真夜中で、街灯だけが散る桜を照らしている
やっぱり、見上げる方が好きだと君は言った。
私もだと言おうとしたけれど、桜に君が攫われそうになるのでこっちの方が好きだと思い至る。
そんな儚い君に選ばれて光栄だなんて言ってみる
突然の言葉に驚いた君は、今から同じになるんでしょうと笑った。
揺れる髪と瞳が変わらず愛しくて、冷えていく脳裏と裏腹にふっと頬が赤らむのを感じる。
ただずっと、この時間が続いて欲しいとさえ思った。
私は、それが叶わないのを知っている。
差し出された君の手に、そっと私の手を乗せて握られる
私たちは桜と一緒に儚くなった。