"海の底"
海の底には何がある?
一度過った疑問は解決するのが相応しい
布団の中でぬくぬくしながらそう思い立つ
夜の浜辺、ぱしゃりと脚で受け止めて、そのまま蹴って先進んでいく。
波は浜辺へ向かおうとするが私に阻まれ、足の周りで波紋を作り広げている
気にせず歩き続けると、やっと腰が浸かるほどの深さまで歩き到着する。
耳の中で波の満ち引きだけが響いている。
しかし今度は恐怖が私を酷く襲っていた。
夜で辺りを照らすものは何もない、目の前に広がる広大な海は昼とは異なり真っ暗闇。
けれど戻っても、何もない
そのまま さぷさぷ と沈んでいく。
やがて頭まで沈むと、髪や四肢が重力から解放されて海の中で漂い始める。
寒い。体から体温が完全に奪われる
けれど、なぜだか感じる安心感を全身で享受する。
深く、深く
満足したらば今度は泳ぎ、目的地である海の底を目指した。
きらきら
光源などないはずなのに、海の底は輝いて、
ふわふわ
周りで優しく浮かび上がり、
ぱやぱや
優しく私を包み込んでいる。
さらさら
そんな場所にすっかり憧れて、わたしは
ひらひら
自惚れて舞い上がっている。
おおきな魚が
口を開けて近づいてきたことにも気づかずに。
"君に会いたくて"
ずっと君が夢に出る。
話はしない、私が見るのはいつも君の後ろ姿
君の名前を呼ぶ。
けれどもいつまでも振り返ってくれないものだから
脚を必死に動かして、君に追いつけることを願う。
けれども夢はやはり夢で、柔らかな地面に掬われて駆け出すことさえ許されない。
君の名前を叫ぶ。
君の顔が見たいから、君の声が聞きたいから
喉と肺を必死に震わせる。
やっと、振り向いてくれた
そこで目が覚める。
結局、いつも君の顔は見えず仕舞いになってしまうんだ
白んでいく朝日を見つめても
満月の夜に雨に打たれても
黄昏時の烏に驚いても
凍える朝に暖を求めていても
君がずっと頭の中にいる。
君は、私にどうして欲しいのかどうなって欲しいのか
頭を捻ってみれば一つ、浮かんだことがある
__そうだったんだ
思いついたが最後、ドタドタと走り出し玄関の戸を乱暴に開けて、鍵などかけずに走り出す。
__遅くなってごめんね
走って、走って、転んで、脚が痛くなった
けれども走ることをやめるのは許されなかった。
__私たちは
見えてきたのは一つの防波堤
__ここで会ったんだったね
思い出がポツポツと思い浮かんできて、堪えず頬が大きく歪む
__やっと、追いつけたよ
目の前が、滲む。
__君にずっと会いたかったの!
君の手を取って、抱き寄せて。
私は二度と君を追い、駆けられなくなった。
,捻り切れそうな心臓を抑える。
床に打ちつけた膝が痛い。
目の前が滲んで歪む、酷く肺が震えていた。
君がいなくなった日、私は君よりも死んでいるに相応しいと自他共に認めるほど、無様だった。
数ヶ月、長い間君が生きていると錯覚していた。
ひょっこり帰ってきて「ただいま」と笑いかけてくれると心の底から願っていた。
全く動かない玄関の扉を狂ったように見つめ続け、やっと今日その夢が潰えた。
あの日、どこに行くのか聞いても「秘密」と屈託なく笑って出ていって、次に帰ってきた時に君は酷く小さくなっていた。
あの日、どうして送り出してしまったのだろう。
「一緒に行く」とでも言っておけば、代わりになれたのに
沈んでいく心を抱えたままでは、息をするのがやっとで、柔らかなカーペットの上で惨めになっていた。
思い立って立ち上がり、ふらふらと君の部屋の前に立つ
ぐっとドアノブを押し下げて、部屋の中に体を捩じ込む
籠った空気が忌々しい。
主人をいくら待っても帰って来ない、寂れた部屋
入ってすぐ気付いたのは、机の上に置かれた一冊のノート、近くに鉛筆も転がっている。
近づいてみれば、鉛筆で書いたのだろう。
表紙に薄く日記と書かれている
2度と書かれることはない。
置いて行かれたノートを哀れんで表紙に書かれた文字を指でなぞる。
手が震えている。
変に力が入って ズルリ とノートが動いた。
君に、会いたい。
それだけを思ってノートの端を歪ませ、私は,
"閉ざされた日記"
"木枯らし"
ある早朝、目覚めてしまった私はふらふらと回廊を歩いていた。
突き刺す空気が切ないけれど、静まり返った辺りと相まって目覚めにちょうど良い。
ふと立ち止まって、灯籠を抱えた庭に想いを馳せてみる
すっかり秋模様となって紅く染まった紅葉は、朝の風にさらさらと振れて音を立てている。
秋が好き、改めてそう思う。
揺れる秋に見惚れていると、突然な風が私を突き抜ける。
揺れていた木から数枚の紅葉が散っていく。
乾いた目をギュッと瞑って擦ると、足に何かが当たるのを感じた。
はっとして目を開けてみると、一枚の紅葉が寄り添っているのに気付く。
風の悪戯だろうと思った。
紅と黄色を纏ったそれはなかなかどうして私の心を鷲掴みにして離さない。
また風に攫われてしまわない様にそれをそっと袂にしまい込んで、緩む頬を感じながら足を弾ませた。
"美しい"
時々、果てしないほど美しいと思うことがある。
手首にくっつき、小さく時を刻み続ける。
中身はきっと私が思うほど繊細で、小さい歯車がいくつも重なり合っている。
ただの小さな物質で、紙の束。
けれども一つ一つに世界が収められていて、人を泣かせたり笑わせたり怒らせたり
手のひらに収まるくせして膨大な力を隠している。
ただの白にただの黒を乗せている、日本の伝統。
知れば知るほど奥が深くって、のめり込まずにはいられない。
流れる様なものもあれば、堅く鎮座している様なものもある。2色のみで人の心を揺れ動かすものが他にあろうか
ペンを手に持ち、紙の上で走らせる。
それはきっと途方に暮れてしまうほど長い間で構築された緻密なもの。
1cm角ほどにも収まらない小さな小さな言語を今日も構わず書いている。
きっともっと、美しいものがある。