"バレンタイン"
最初に目を逸らしたのは、どちらだったっけ。
部屋を片付けながら思い出している
物を掴み移動させる四肢に、必要以上の意識を向けて
これはここ、これは…ここの方がわかりやすい
これ前探してたやつ。ここに置いとこ
珍しく順調だったが面倒になって、近くにあったトートバッグに全部突っ込んでクローゼットに押し込める。
暑い
部屋の温度には気が回っておらず、片付け擬きが終わった直後にそう感じた。
窓の鍵に手を伸ばして、開けると雨戸越しに涼しい風がささやかに入り込んでくる
空気が美味しい、とはこのことか
新鮮な空気を肺に送り込んで、
ふと下に目をやると、蜘蛛がいた
丁度窓のレーンのところ
ズバッと窓を閉めて手早く鍵を閉める
素知らぬ顔でスススッと窓を登っている
外側なのを確認して、邪魔された腹いせにデコピンをかました。変わらず素知らぬ顔。こちらにも気付いていない
暑い
我慢できないほどではないけれど
溶けてしまわないかな
机の上にある小さな紙袋に入ったチョコレートを手に取る
誰かに渡すため。の、チョコレート
渡す相手は、いると言えばいる。
紙袋から取り出して、六角形で綺麗に包装された箱を撫でる
高かったな、万年金欠の私には結構な痛手
けれども買わない選択肢がなかった。
結局無駄になってしまった気もするのだけど。
素晴らしく虚しいそれの、横に張り付いたテープを剥がす
思っていたよりもベッタリと張り付いていて、綺麗に剥がしたつもりでも音を立てて破れてしまった
少しむっとして手に粘着剤が張り付くのを感じながら蓋を開けた
入っていたチョコレートは9つ
一番目についたカカオの形をした金粉が混ぜ込められたチョコレートを手に取って、口に放り込む。
噛み砕くとやはり柔らかくて、ほろ苦いビターな風味が口の中で広がった。
甘い方が、好きだな。
"待ってて"
私なんかのために儚くなった君を思い出す。
柔らかくって愛しい笑顔が瞼の裏に焼き付いて離れない。
会いたいのに
電車に揺られながら、浸っていた。
君が隣にいないのに、もうずっと声を聞いていないのに
君がここにいたならばという思考は留まるところを知らず
私を一層惨めにする
君ひとりいなくても、私の人生は楽しい。
だから 困る。
君のいない人生に悲観して、絶望しているならば
君が私の人生を呪ってくれていたならば
どれだけ救われたのかな
ずっと、会いたい。
"伝えたい"
いつか君と見た夜空を見上げて、私は泣いていた。
心の奥がぎゅっと締め付けられて苦しい。
一等輝く星を見ているからだとわかっているけれど、どうにも目が離せない。
君の柔らかくって愛しい咲顔を思い出せる気がするから
ずっとずっと伝えたかった。
でも伝える勇気も時間も無かった。
二度と会えない君に、
「ずっと、大嫌いだったよ。」
最大の愛を込めて。
"この場所で"
君の睫毛の長さを知った
不器用に私の肩を掴む君の手がかすかに震えているのを感じて、宥める様に君の手首を撫でる
まるで、小さな世界に包まれたよう
降り注ぐ桜の中で、君の頬が染まっていた。
またいつか、" "
"誰もがみんな"
今私が書いているのは20時なのでこう挨拶させて頂きます。
こんばんは
お題とマッチするかは分かりませんが、何を書きたいかは決まっています。
ですがどう書くかは決まっていません。
ずっと長い間、頭の中だけで練り込んできたお話しなので言語化が難しく悩んでいます。
ですが、書かなきゃ始まるものも始まらない
書いてみようと思います。
ふと、自分の腕を眺めてみてこう思う。
「この腕が私から外れた時、その名称は"私の腕"となる」
脚でも同じことが言える
髪でも目でも耳でも鼻でも、なんでも"私の"が先に付くのだ
では、それらの所有主である"私"は一体どこにいる?
私の全てをバラバラにした時に"私の"ではない部分が無いのではないだろうか
…取り敢えずバラバラになった私を戻してみよう
全てが揃っている状態が"私"であるのかもしれない
でもこう考えられる。
腕が取れた私は全てが揃っているとは言えない。
では何かが欠けた時に私は私では無くなる。とも言えない。
どんどんどんどん"私"から"私の"を取り除いてみると
"私の頭"を取ってみたところで私がいなくなったのを感じた
動かぬ体、動かぬ頭
私はどこにもいなくなった。
では、体が動いていたらどうなるのか。頭が喋り始めたらどうなるのか。
それは奇しくも私と呼ばれるかもしれない
私の自我が、私を私たらしめている部分なのか
寝ている私は、自我を持っているとは言えないかもしれない
寝ている私は、私でないとは言えない。
こんなに考えてもなかなか自分が納得する答えに辿り着けず、もやもやする。
では心か。何かを考えて、何かを感じる
そして、何かを表現する心が自分自身であると言っても過言ではないかもしれない
では、心はどこにある?
胸の辺りに手を当ててみるが、そこに心などというものは存在しない。それでは脳味噌の中にあるのかと思うけれど勿論そこにも存在はしていない。
自我もそうだが概念を自分自身というには頼りなさすぎる気がする。
けれど、人はそうなのかもしれない。
そんな不完全で危うい存在が人というものなのかもしれない
誰もがみんな、そこに存在していて
そこに存在していない。
稚拙な文を長々と失礼しました。
自分自身は心であるという結論に納得いっていません
私は頭がいいわけではないので考えれば考えるほどよく分からなくなっていきますが、確かに存在はしているのだろうと思います。
皆様がどう思っているのか、どこかで知ることができたら
とても嬉しく思います。