「なーんでみんなすぐどっか行っちゃうんだろうね?
「みんなって?」
「みんなだよ。お財布にやって来る栄一も、学生時代に仲良かった子も、靴下の片っぽも」
「それってさ、ほんとに願ってる?」
「へ?」
「叶わない願いって本当には願ってないらしいよ?」
「なにそれ。誰情報よ?」
「こないだラジオで、ジェーン・スーが言ってた」
「ほお……」
そんな会話を交わしたのは猛暑と呼ばれた頃だった。今回ばかりは本当に、心の底から願ってたのにな。
『行かないでと、願ったのに』
独特のアクセントで私を呼ぶ声。考える時に頬へ当てる指の癖。時折伸ばされて半音上がる語尾。耳にかかり切らずに一筋だけ零れる髪や、違う角度で上がる左右の眉。
最初は一体どれだっただろう。数え上げればキリがない。蒐集しては心の奥へと仕舞い込んだそれらを、夜の底でひとり取り出して愛でる。
息を呑むほど美しく、どれひとつ手の届かない美しいものたち。
『秘密の標本』
カーテンの隙間から差す朝日が目に痛い。握り締めたままの画面を性懲りもなく開き直した。私の送った言葉には読まれた証の付かないまま。
結局一睡もできなかった。昨夜から幾度となく眺めている言葉が、尚新鮮に心を抉る。
背もたれにしていたベッドにスマホを放り投げ、キッチンまで歩いて水を飲んだ。数歩あるいただけでくらくらするのは、空腹のせいばかりではないだろう。
外はあんなに晴れているのに。いつ溶けるとも知れない氷のような朝。
『凍える朝』
俯いたまま言いたいことだけ言って、あたしは大きく息をついた。いくら先輩が黙って聞いてくれてるとはいえ、自分勝手でほんと嫌になる。
先輩はしばらく無言だったけど、
「そっか。つらかったね」
とだけぽつり呟いた。
傾き始めた陽が先輩の向こうに見えた。額に手をかざし、あたしは先輩を見上げる。笑っているようだけど、逆光で暗くて表情がよく分からなかった。
「まぁ僕は麻美ちゃんのそういうとこ結構す、」
そこで不自然に言葉が切れた。思わず下から覗き込んだあたしと目を合わせた先輩は、ほんの一瞬だけ——多分まばたきの半分くらいの僅かさで——目を泳がせてから真剣にあたしを見据え、
「……ごいと思うけどさ」
と早口で付け足した。逆光のはずなのに、その時のあたしには妙に輝いて見えた。
『光と影』
馬鹿だ。馬鹿すぎる。
開封した段ボールを覗き、私はそれだけ呟いた。
荷物送ったから受け取りよろしくと父から珍しくメールがあり、てっきり米だと思ってしばらく放置していたら、送付伝票に「茹で栗」と書かれているのを夕方になって発見した。しかも一キロ。
「大丈夫大丈夫! 洗えば食える!」
電話の向こうで父は笑っていたが、こんな糸引いてる代物、どうやっても食べられるわけないだろー!!
そして、新聞紙につつまれたごみの袋だけが生まれた。
『そして、』