未知亜

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11/19/2025, 9:58:26 AM


 フォトアプリを開いて手が止まる。画面上部に表示された写真は、豆腐となめこの味噌汁だ。お椀のそばに、ピースサインが映り込んでいた。『八年前』というキャプションつきで。
 ふたりで選んだテーブルクロスが見切れている。それだけで、部屋の様子が一気に蘇った。前の前に住んでいた家だ。
 交代で作った食事を毎日撮影していた気がする。こんな風に映り込んでいたなんて、これを見るまで気づかなかった。

 淡い光のランタンに、心がふんわり照らされた気がした。


『記憶のランタン』

11/18/2025, 7:30:35 AM


 今年一番の寒気が、と日々言われるようになった。毎日のように更新するその重なりが冬を連れてくるのか。トーストをかじりながら私は考える。
 誰もいないと自分からくっついてくれる冬のあなたが好きだった。薄暗い路地で陽の翳る公園で、分かち合うぬくもりを重ねることが、長い間私の冬だった。

『冬へ』

11/17/2025, 9:55:04 AM

 ブランコの揺れが停まった。君の靴裏が砂をこするザッという音が響く。
「裕君が思う程、あたしは強くないよ」
 水筒を取り出して、君はごくごくと中身を飲んだ。白い喉が規則的に上下するのを、不思議な気持ちで僕は見ていた。
「誰かの力になれてるって思うことで、言い聞かせてただけなんだよね」
 自分にも、価値があるってさ。

 こんなに悲しげに笑う君を僕は初めて見た気がする。水筒を握る指の先が喉よりも白くなっていた。君のことを照らせたらいいと、その時僕は強く願った。
 多分自分からは、決して輝けないけれど。

『君を照らす月』

11/16/2025, 9:56:26 AM

 目の下に広がる模様をゴシゴシこすっていたら、通りすがりに肩をぶつけられた。
「痛っ」
 わざとらしく顔をしかめてみせるあたしに、
「そんなことしたって消えないよ〜?」
 君はぐりぐり頭を押し付ける。
「わかってるよ」
 鏡に向き直ったあたしは、エイジング乳液を手のひらにもう一回分追加した。
「私は好きだけどな。だって、」
 鏡の世界で君が頬を寄せる。羨ましいほど白い頬。
「木漏れ日の跡みたいで」

 自分じゃ好きになれないところさえ、そのまま肯定してくれた、あなたこそが木漏れ日だったよ。

『木漏れ日の跡』

11/15/2025, 8:56:57 AM

 また来ようよ。
 戸口の暖簾に手をかざし、きみは少しよろけて笑った。
 年末が二度過ぎても、忘年会のハッシュタグと並ぶ知らない顔を眺めているだけ。

 約束したじゃんなんて思ってないよ。

『ささやかな約束』

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