追いついたあなたが並ぶのを待って歩き出し、冷たい風に首をすくめた。目の前にほわりと湯気が立つ。白い断面に私はさっそくかぶりつく。ポケットに手を入れたままで。
「ほこにはったの? へんへん気づはなはった」
「食べてから喋りなって!」
肉まんから手を離したあなたが、おなじものを頬張って笑う。
「さっきシュトーレン売ってた店の隣」
「さすが、よく分かったね」
「お店の人と目が合ってね、おすすめされちゃった。おいしそうだったし」
肩からずり落ちそうになった紙袋の紐を私は掛け直す。そういう意味の『よく分かったね』じゃなかったんだけど、まあいいか。
「ちなみに、はんぶんこする前はこんな形ね」
寄せられた画面の中で、雪だるまがにっこりしていた。
「私食べたの、胴体?」
「頭〜! 大っきいほういただきました〜!」
楽しげな横顔の奥にきらめく街並みが絵の中の景色みたい。
クリスマスマーケットで来年のカレンダーを選ぶと、今年がようやく終わる気がする。紙袋の中で、丸まって重なるカラフルなクラフト。もうすぐ掛け替えるこのカレンダーもまた、あなたと一緒にめくれますように。
『きらめく街並み
愚痴ばっかりになったらごめん。
そんな書き出しだったのに、愚痴なんてひとつも無かった。なんというか、諦めに似たような明るさに満ちていた。
最後の言葉はありがとうだったって。看護師さんに、見舞客に、家族に、この世に。楽しかったと言いながら。本当のところはどうなんだろう。本人にしかわからないことだ。
自分に宛てて書かれたものとお揃いの、五つの封筒を眺める。託された違う宛名。住所はわからないけど、僕はこれを届けなくてはならない。
引きこもってる場合じゃなくなった。君の文字をなぞり、心の中で話しかける。さあまずはどこへ行こうか。
『どこへ行こう』『秘密の手紙』
お気に入りのぬいぐるみと並んで眠る陽翔の寝顔を確認してリビングに戻ってきたら、あなたは律儀にまだベランダで待っていた。
「ぐっすりだったよ? なにもここまで徹底しなくても……」
私の報告に、あなたがシッと指を口にあてる。
「聞こえたら台無しじゃないか。念には念を入れたほうがいいって」
ささやいた手がサッシを閉めた。カーディガンに袖を通し隣に並ぶと、私たちは会議の続きを始める。来年小学校に上がる息子がサンタクロースから受け取る予定の、贈り物の中身について。
「クリスマスを思い出す時さ」
候補があらかた絞れると、私は空を見上げた。
「うん?」
「当日とセットで、たぶんこの景色もくっついてるんだろうな」
そうだねと、あなたが楽しそうに笑う。冬のほうが、星は明るく見える気がする。
『凍てつく星空』『贈り物の中身』
生まれた日が隣同士だと知ったのは出会った年の秋だった。運命だとか神さまだとかすぐ持ちだしちゃうあたしに、君はただ苦笑を返した。だけどやっぱりこれは、運命だと思うんだ。
五度目の゙今日を跨いで、あたしは隣のぬくもりを握る。あんなに恨んだ神さまに、節操もなく感謝する。
「誕生日おめでとう」
戻ってきた昨日と同じ言葉に、あたしは笑顔で頷く。
君と紡ぐ物語が、また始まる。
『君と紡ぐ物語』
かける言葉が見つからない。否、なにもかけるべきではないのかもしれない。どんなに言葉を尽くしたところで、私の経験しない世界にあなたはいる。
廊下からドアに触れ、私は願った。今すぐは無理でも。どうか温かな平穏があなたを包んでくれますように。
『失われた響き』