寒くなると、なぜか同じものばかり食べたくなることがある。ストーブをつけてから鍵を置いてコートを脱ぐ。実家にあった電気ストーブの、スチール柵越しのオレンジを思い出す。あなたのことなど何も考えてなかった頃。
あたたまった部屋で、メープルの入った小さなパンケーキにかぶりつく。病室で見たあなたの皺だらけの手を思う。ストーブがじりりと焦げる。名を呼んだあなたのぬくもりが肩に過ぎる。
『ぬくもりの記憶』
手が冷たいと言いながら手袋をしない人だった。覆われる感じがあまり好きじゃないって。
カイロをシャカシャカ振る指先の赤さを私は見つめる。それを持ち歩くのは君と会うときだけだって、そろそろ気づいてくれるかな。
『凍える指先』
年が改まるからって、なにかが劇的に変わるわけじゃない。誰しもそんなことわかってるはずなのに、今年もあと何週間、あと何日とカウントダウンし始めるのはなぜだろう。
商店街でもらったカレンダーをパラパラとめくる。商店街の名前が入っただけの、圧倒的に真っ白なやつだ。手渡してくれたお店のおじさんも「あと3週間だねえ」と話していた。「来年も楽しい予定で埋まりますように」
近所の神社に初詣へ行きたい程度で、年明けにはまだ何の予定もなかった。無職なんてこんなもんか。
ふと思い立ってボールペンを取り、ちょんちょんと動かしてみる。昔習った田んぼの地図記号みたいなのをふたつみっつ書くと、商店街の名前の向こうが、雪の積もった地面みたいに見えてきた。
雪原の先に分け入るような気持ちで、私は思い切り表紙を破る。1月1日の枠の中へ、とりあえず「初詣」と書き込んだ。
『雪原の先へ』
湯気がゆらゆらとのぼっていくのをいつまでも見てるので本当は好きじゃなかったのかなと聞こうとしたら、
気にしないで猫舌だから。
それより白い息を吐いてきみが笑った。
『白い吐息』
押し寄せてくる現実を必死に薙ぎ払って、ヨロヨロと足を踏み出す。なんとか少しでも先へ進む。そうしていないと暗闇で振り落とされてしまうから。
あの頃の私は日々全力過ぎた。過労で命を落とすなんてホント馬鹿らしい。真っ暗に思える中にも、そう見えない場所でも、消えない灯りは確かにある。今ならはっきりそう分かるのに。
順番を知らせる番号が入れ替わる。虹色にきらめく透明なカウンターの向こうで、サテンを纏ったみたいな女性が微笑む。穏やかな気持ちで私は歩き出す。新しい人生へ。
『消えない灯り』