夜空を越えて
0:00をこえるとああ、やはり今日と明日は繋がっているんだなといつも思う。いやなことを乗り越える方法として、この人とはもう二度と会わないから。自分のやった事なんてそこまで気に止められていないから明日になったら忘れてくれる。過去の自分と今の自分は繋がってなんていなくて毎日毎日違う自分なんだと責任を無視しようとする。過去と今を同一視していない癖に今と未来を同一視する。矛盾した思想。それが楽で心地よいのと反面に気持ち悪いとも思う。今が過去になって未来が今になった時、過去の自分は今の自分を同一視してたんだと思うとお前ごときが。と思う。共感性羞恥だろうか。それがずっと続くから居心地が悪い。分離症の一種かもしれない。なんだか全てにおいて過去の自分が今の自分とは違う考えを持っていて、それぞれ確かに未来とされる今自分の生きる未来を見据えて行動していたと思うと、やはり同じ自分とは思えないのだ。ひとつの問題に対し答えは過去と今と未来の自分でそれぞれ同じになることはないだろう。経験の差だ。積み重なったものが違うのだからそれはそうと思うが答えが同じにならないのならやはり今の自分とは違う人間だったんだなと思う。この考えがいつまで長持ちするかも分からないが、分断して今だけを生きるのが楽でそれ以上を考えたくないのだ。
温もりの記憶
公園のブランコで置き去りになって揺られている手のひらサイズのぬいぐるみキーホルダーがあった。まるでわざわざ捨てていったかのように板の真ん中に倒れないように座らせられていて、風でキコキコ揺れている。それを僕は哀れに思って家に持って帰って洗って干した。
「ふーん、やさしいね。でも持ち主が探してるかもよ?そしたら元の場所にないと困っちゃうと思うけど」
「ひとつになってもらったからきっと寂しくないよ」
「は?なにが、なんの話?」
乾いたぬいぐるみを小学生のとき使ってた裁縫セットの布切りバサミで開き、綿を取り出し継ぎ接ぎされたぬいぐるみに綿を移した。空になったぬいぐるみの皮は小さく切り刻んで縫い直し、ぬいぐるみの靴下になった。継ぎ接ぎのぬいぐるみは今では人の頭ほどの大きさである。今まで生きてきた集大成だ。落し物箱にある、いつからいるのかも分からないぬいぐるみを持ち帰って切って自分の作品にするのが好きだった。継いで剥いでくっつけて。小さな落し物が自分の手でひとつになっていくのはなんだかとても達成感のあることだったのだ。
「…お前ってやっぱ頭おかしいよな。そりゃ友達いないわな」
「は?いるし」
「頭のネジどっか外れてるやつって案外近くにいるのな。ぬいぐるみの持ち主のこと考えないの?」
「リサイクルだよ。落としたもの大事にしてもらって喜んでるよきっと」
「きもー笑」
雪原の先へ
絵の具で塗りたくったかと思うほどに地面に真っ白に敷かれた雪は、振り返ればスタンプを押したかのようにくっきりと黒い足跡が着いている。もっと雪の積もる地域ならばこの足跡には白い地面との高低差がでて、雪に身を投げ出せばどこに行ったのか一瞬分からなくなるのかもしれない。鬼ごっこをする時に有利だ。黒い足跡を辿って歩く。今年の雪は早い。いつも12月には間に合わず、クリスマスが終わってから降り始めるのに。今年はまだギリギリ11月だというのにもう雪が降り始めていた。すでに秋を感じることができるのは校庭にそびえ立つ赤い紅葉の木からだけだ。ほかの木はもう葉っぱが枯れ落ちているのにこの木はまだ真っ赤な紅葉を落とそうとしない。本当は偽物で、次の秋が来てもまだ赤を主張し続けるんじゃあないかと思わせるほどに。教室は嫌いだ。寒いからって密閉してピッタリ肉団子になってくっついて。暖房も付いていないのに妙な熱気がある。換気がきちんとされてなくて息苦しい。だから雪が降ってもわざわざ外で昼飯をたべる。感染症対策にもなるし。いつもの場所は雪がじゃまをして座れなそうだったから、紅葉の木のそばでたべる。雪と紅葉のヒュージョンなんてなかなか見られっこない。膝が震えるほど、歯が楽器になるほど寒いが、雪の冷気で息がしやすい。喉まですっと通るような涼しさはどこか自分を冷静にさせた。このまま雪が降るのが止まなければいいのに。
透明な羽
綺麗だと思った。見せてくれた秘密が。他の誰にも見せたことの無い真実が。彼女は本当は天使だったのだ。それで良いような気がしたし、実際に彼女の言うことは全てに説得力があってなんでも信じてしまいたくなる。理論建てて自分が天使であることを自分に教えてくれた時、
「だから、今から飛ぶから見ててね。きっといつか帰ってくるからその時はまた友達になってね」
そう言って屋上から飛んだが、それを信じて今でも彼女の帰りを待っている。本気で。天使である彼女にとって、この世は澱んでいてあまりに息苦しかった。だから天界に戻っただけ。いつかは自分に会いに人間の身体をあつらえて帰ってくるだろう。だからさよなら。いっときのさよなら。
「あ、あのさ…」
「あに(何)」
「私たち、友達だよね?」
「は、なにを今更。そう言ってくれたのは教祖サマだけど?」
なにか?とでも言いたげに訝しげな顔でこちらを見るサヨにわたしは苦笑いでこう返す。
「じゃあさ、こんなに近くなくてもいいと思うんだけどなあ〜…なんて」
「やだ」
「ですよねー…」
そうなのである。わたしは今サヨの膝の上に向かい合うように座らせられていて。もうすぐ唇が当たってしまうのではないかというくらい近かった。普通の友達の距離感というにはおかしすぎるだろう。
わたし、前川モカは頑としてこの距離を譲らないサヨカに気づかれないほど小さく息をつき、どうしてこうなったんだっけなぁー…と髪の毛を弄られながら深く思考を遡っていくのだった。
わたしはごく普通の大学生だった。別に特質するものは無く、ちょっと自分の意思が薄く流されやすいだけの一般的な人。それが流されるままに設立したばかりの宗教団体の運営側に誘われ、流れるままにいつの間にか自分が教祖にすげ代っていただけのただの大学生だ。教祖とは言っても宗教の顔と言うだけで私がなにか動かしている訳ではない。元々私を誘ってきた友人が細かく団体を運営して、副教祖(私を隠れ蓑にしているがほぼこの人が教祖みたいなものだ)が私を動かして信者を扇動している。初めはお遊びみたいなものだった。友達が、カルト宗教作ってみたくね?とかバカみたいなことを言って。私はそれにふざけて、いいね具体的にどんな?と詳しく突き詰めていっただけ。それが今では信者数300人の小規模カルトだ。友人が集客して、副教祖(友達の友達)が台本を作って、私がそれを使って演説をする。そんなバカなお遊びに扇動される人は案外いるもので、いつの間にかその場所では教祖と呼ばれるようになった。わたしは信者達の熱量が行き過ぎているようで少し怖かった。友人達のマインドコントロールが余程上手いのか信者は私を妄信的に教祖と慕い、意見を求め、相談事をしに来て最後はたくさんのプレゼントを置いていく。信者が増えれば増えるほど、副教祖とバカ友人以外の友達は離れていくし、二人もだんだんわたしを教祖として、金の成る木としてしか見なくなった。みんなから慕われて悪い気はしないけど、教祖とはいえ所詮二人の操り人形。私の事を見てくれる人は居なかった。だから、ずっと憂鬱だった。それ以外なかった。そこで一人の女子高生に出会う。それが山田サヨカちゃん。チラシを見てやってきた考えなし。なんでも悩み事を解決してくれる、という謳い文句が書かれた胡散臭いチラシの可哀想な、バカな被害者。それが第一印象だった。
彼女の悩みは些細なものだった。テストの点が悪いこと、弟がウザイ、最近食べ過ぎて太っただとか。バイト先の先輩の愚痴とか、ちょっとお話して満足して帰っていく。なんだか、だんだん妹みたいだなって感じるようになって。ちょっとサヨカちゃんが来るのが楽しみになった。サヨカちゃんは距離の詰め方が上手かった。私を教祖さま、教祖さまって慕ってくれてなんでも悩み事を話してくれるのが可愛かった。正直嬉しかったし、最近はなんだか悪くないなって思うようにもなってた。テスト前になれば勉強を教えたし、家に招いてご飯を食べたり、お休みの日に一緒にお出かけに行ったりもした。きっと自分が思っているよりもずっと可愛がってたし、一緒にいるのが楽しかった。本当の妹みたいだなって。だけどある日信者の恋人を名乗る男が乗り込んできて、私を糾弾して私に鉄パイプで殴りかかってきた。それで、病院で目が覚めてわたしは外に出るのが怖くなった。私を外に連れ出して教祖を続けさせようとする友達二人のことも怖くて、退院してから外に出られなくなった。少したって、サヨカちゃんが家を突き止めて会いに来るようになった。わたしは外に出たらまた殴られたりするんじゃないかと怖くて当分は玄関前で話すだけだったけど、いつの間にか家にいれるようになった。サヨカちゃんが家に来てる時だったかな。二人の友達が私を教祖に戻そうと押しかけてきた。わたしはチャイムがなり続ける部屋の中でただ怯えることしか出来なかったけど、サヨカちゃんが追い払ってくれた。わたしはすごく安心して、ずっと一緒にいてねって言ったんだっけ。サヨカちゃんはそれに今まで見たことないくらいの笑顔でもちろんって頷いてくれた。そのあとすぐだったかな。脅迫文が家に届くようになったの。手紙には写真も入っていて、そこにはわたしと、サヨカちゃんも写ってた。怖いし、サヨカちゃんにも迷惑がかかるだろうしもう嫌になって、何も言わずに引っ越した。そのあとは全部何もなかったみたいに普通の人に戻れた。大学はちゃんと卒業して、普通の、…ちょっとブラックな会社に入社して。普通だった。帰り道、私が教祖だったことを知ってる子。副教祖の子がボロボロに見違えた姿で私を待ち伏せしてたの。わたしが何も言わずに教祖をやめたこと、怒ってるみたい。一から宗教を作り直そう、今度は絶対逃がさないから。そう言って私を連れてこうとした。そしたら警察の人を連れたサヨカちゃんが現れた。警察は副教祖を現行犯で捕まえていった。…薬物やってたんだって。私はサヨカちゃんに無言で手を引かれて、なんで知ってるのか分からないけど迷うことなく私の家まできて、私のカバンから鍵をとって部屋に押し入った。そこで、お話した。突然いなくなって寂しかったこと、心配したこと、私ってそんなに頼りないですか。って泣かれちゃった。脅迫文のことと迷惑になると思ったことを言った。否定されて、少し嬉しかった。わたしはずっと思ってたことを言った。このタイミングしか無かったから。なんでこんなに色々してくれるの?って私たちの関係って何。信者と教祖?
サヨカちゃんはちょっと言葉に詰まって、形式上は。と言った。目を泳がせながら一呼吸置いて、教祖さまのことが、好き、だから…と。顔を真っ赤にしていうものだから。わたしは驚いて、いつから!?と大きな声を上げてしまった。サヨカちゃんはキッと睨んで最初から!!と言った。チラシを見て来たと言ったが、ホントは近所の公園で初対面を果たしていたらしい。彼女は家出少女だった。初対面のわたしと公園で話して、なにか思うところがあったのだろう。説得されて家に帰ったそうだ。親に心配かけてたことを実感して、自分が子供だと思えた。その時の私の事を忘れられなかったそう。チラシを貰って、そこに乗ってる写真に私を見つけた。だから、一目惚れのお姉さんに会いに来たのだ。
サヨカちゃんは、「教祖さま、私教祖さまのこと好きだよ。恋愛として!」
と言った
「…ごめんなさい私。妹として好き。それだけじゃだめ?」
「ほんとにだめ?」
「、うれしいよ?本当に嬉しいんだけど、そんなふうに言われるなんて思ってなかったから自分の気持ちわかんなくて」
「じゃあ、友達からなら?」
「…友達から、なら」
「絶対好きにさせてみせるから。教祖さま」
サヨカちゃんの笑顔は眩しくて、小悪魔的で、なんだかすぐに落とされちゃうような気がした。