そんじゅ

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10/21/2022, 11:20:01 AM

今日の昼休憩の始まりはいつもと違って静かだった。

食堂に残っている人影はもうまばらだ。ミーティングが長引いて少し遅い時間になってしまった。味噌鯖にありつけなかったのは残念だけど、みぞれ鶏だって好物だから構わない。

配膳されたトレーを手にテーブルへ向かうと、奥の席から手を振るあなたが見えた。そんなに人の好い笑顔を向けられたら、ひょっとして私を待ってくれていたのかと期待してしまうじゃないか。

「遅くなっても、昼は抜かないだろうと思ってね」

確かに自分が食に貪欲な自覚はある。しかしそこを読まれているのは気恥ずかしい。

「待ってたんだ。少しでも顔が見られたらいいなって」

と、あなたは読みかけの本に栞を挟みながら言葉を重ねてくる。臆面なくこうも素直に好意を向けられると、こちらも素直にありがとうと返すしかない。

いつもと違う昼下がり。
何か新しい関係の始まる気配がした。

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「始まりはいつも」


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所感:
問)「あたかも」を使って文章を作りなさい
答)「冷蔵庫に卵があたかもしれない」
…的な、主題の軸をずらしていく言葉遊びも好物です。
今日はお題を否定形に振ってみました。

10/20/2022, 9:55:31 AM

すれ違い、空回る。

二人の間に時折そんな隙間があることを、今はまだ少し気楽に感じてしまう。

心も気持ちも行動も寄木細工のようにぴったり噛み合う関係は、それは本当に心地よいものだろうか。譲る余裕も逃げ道もなく。片方に掛かった負荷はそのまま反対側に食い込んで、圧に負けたところからひび割れ始める。痛いだろう。苦しいだろう。

ああ。いっそ、自我を押し合う高熱で互いが融けて、混じり合ってひとつになれば、それはいつまでも安定した異形になれるのか。

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「すれ違い」

10/19/2022, 9:59:34 AM

空がいちだんと高くなった。

上空は風がずいぶん強いのだろう。さっきまで大群で移動中だったひつじ雲はみるみるうちに柔らかく溶け、もこもこの毛並みを活かした薄手のラグが広々と敷き詰められつつある。

二人並んで歩くとき、定まらない視線の行く先はたいてい空へ向かってしまう。ちょっと見上げる感じであなたの横顔を見てから視線を逸らせば、そのまま空が目に入るという寸法で。

綺麗な秋晴れですね、だとか、鳶がいますよ、だとか、今流れ星が!だとか。

顔を合わせるたびにいつもそんなことばかり話し掛ける私は、きっと自然好きだと思われているだろう。
そうだけど、そうじゃない。
本当はあなたをずっと見ていたいだけなのに。

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「秋晴れ」

10/18/2022, 9:59:39 AM


出会った日、二人で初めて一緒に食べたのはクッキーだったなんて全然覚えていなかった。

それはスライスアーモンドとチョコがザクザク入ったドロップクッキーだったとか。アメリカンスタイルでやけに厚みのあるその一枚を半分こして食べたんだ、とか。
そうだっただろうか。本当に覚えがない。

むしろその日の夕食のことはちゃんと記憶にあって、それが私にとって二人の最初のご飯だったのだけど。

「あなたがくれたものは全部覚えてる」

俺にとっては忘れたくても忘れられない思い出ばかりなんだよ、と少し拗ねた声と照れ臭そうな顔を、私はずっと覚えておこう。

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「忘れたくても忘れられない」

10/17/2022, 9:59:36 AM

マグカップ片手で読書に耽るあなたの横顔を、蜜柑色のやわらかな光が縁取っている。

毎日違うグラデーションで世界を茜に染めながら、夕日が山の向こうに隠れてしまうまでのひととき。外の景色をのんびり楽しむこの時間が私は好き。過ぎ去る秋の背中越しに冬の足音が聞こえてくるこの季節は、窓から差し込む夕暮れの日差しが一年で一番甘い輝きを帯びる。

それに今日はあなたも傍に居る。

太陽を追うように、空の高いところから少しずつ淡い紫色の夜がやってきたのを眺めながら、隣でくつろぐ静かな姿をそっと見る。そっと。

「どうしたの」

そっと見ていたはずなのに、いつの間にかあなただけが視界にあって、ただ見惚れていたなんて言えるわけなかった。

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「やわらかな光」

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