よく笑う女の子だと思った。集団のなかで誰かが喋るたび君は笑った。それが何だか痛々しくて、笑っていない君を見てみたいと思った。
でも僕は君の笑顔が嫌いじゃなかった。透き通った声も、眩しそうに微笑む目元も、口元からのぞく八重歯も、素敵だと思った。僕は君が笑うたび、どうしようもなく泣きたくなる。
夜、君のことを考えると、嬉しくなることに気がついた。君はなんの食べ物が好きなんだろう、どんな音楽を聴くのだろう、今何しているのだろう。
昔の君を見たいと思った。なにが好きだったのか、ランドセルは何色だったのだったのか。どんな人を好きになったのか。
君は僕みたいな陰気で、捻くれた人間じゃなくて、真っすぐで優しい人間だ。親の愛情や友情を、心から信じて、誰かに優しくできる人間だ。僕が君を考えてしまうのも、そんな君の純真さを信仰しているからなのだと思う。僕は君を美化しすぎているのかもしれない。でもいつか君に伝えたいと思う。
君と言葉を交わす度、君のことを知る度、どうしようもなく悲しくなった。君の言葉をもっと聞きたいと思った。
5月生まれのめいちゃんという猫を飼っている君、吹奏楽部で打楽器を演奏する君、ねぎとろが好きで、いくつもサークルを掛け持ってる君。ドラクエをやっていて、意外とロックが好きな君。交わした言葉が宝石みたいで、ノートに書いてそっとしまった。そんな君を知るたび、ため息が溢れるみたいに、言葉が溢れそうになった。
もっと言葉を交わしてみたい、ただ君を見ていたい。ただそれだけなんだ。ただ、幸せでいてほしいと思うだけなんだ。
彼女の心の片隅に僕がいたならいいなと思う
僕は僕を否定する。心臓は脈打ち、血は走る。止まるんじゃないぞ。止まるんじゃないぞ。時間が過ぎていく。時間だけは無慈悲に過ぎていく。大人になればなるほどわからないものが増えた。許せないものが増えた。
本を読んだ、物語を書いた。考えて、考えて、考えて、考えた。止まれなくなった、止まらなくなった。僕は僕を否定する。僕は僕を否定する。でもそれでいいんだ。
静かな怒りが、否定だけが静寂の中心にいる。僕はまた机に向かう。自分を許さないために。僕が僕であることを肯定するために。僕はきっと間違っていない。
夢へ!
飛んでいけ。飛んでいけ。
すべてをかなぐり捨てて、明日も今も知らないように、今日死ぬように。今死ぬように。
必死に、必死に、死ねばいい。死ねばいい?
諦めるとか諦めないとかじゃない。やるしかない。進むしかない。使命でも、願いでもない。決定事項だ。
殺せ、殺せ。弱い自分を殺せ。
挫折も苦悩も見ないふりをしろ。知らないフリをしろ。
お前はヒーローだ。主人公だ。
周りがなんだ。数字がなんだ。やる気がなんだ。途方もないからなんだ。やると決めたらやるしかないだろう。
殺せ、殺せ。
平和とか幸せとかそういう言葉を投げかけられると僕みたいなひねくれ者は真っ先に拒絶反応を示してしまう。
現実はいつだってうだつが上がらない。働かなくちゃご飯は食べられないし、どんなに綿密に計画を描いても成し遂げることなく、ベッドの上の妄想に終わる。
他人と比べられることが怖くて、「あなたとは違います」って顔して生きている。その実、当たり前みたいな顔をして人を嘲る。自分の矮小さに目を瞑って。
「小さな幸せ」と言われて、「小さな」という言葉が気に食わなかった。大したことがないように、控え目そうなふりをしている。
幸せが幸せであることに変わりはない。感情や感覚に客観的な基準はない。だからそれは人に語るための幸せだ。他人に語るための幸せだ。
ある人が語る小さな幸せが別の人にとっては一生をかけてでも手に入れたい幸せなのかもしれない。それは言い過ぎかもしれないが、「小さな幸せ」という言葉が僕のように自分の矮小さを隠して、人を見下しているかのように感じてしまう。
ごめんなさい
母親の声が聞こえた気がして目を覚ます。
一人暮らしの春
夢から覚めた僕はとても恐ろしい気持ちになっている。思考と現実が混同して白濁して、それまで確かな存在感を持っていたはずの世界がぼろぼろと瓦解していく。寂しさと困惑。
僕は一体どこにいるのだろう。