ストック1

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11/14/2025, 11:41:21 AM

「来てないようだね……」

婆ちゃんが少し寂しそうに言った
ここは無人島
普通の方法ではたどり着けない聖域で、私はどうやってここへ来たのかわからない
少なくとも、船には乗らなかった
ただ、婆ちゃんについていっただけだ
つくまでの記憶も曖昧で、正直、夢の中にいるような感覚
婆ちゃんは、昔、親友とささやかな約束をしたらしい
この場所へ、子供と孫を連れてくると
そしてここが、親友と会える唯一の場所らしい

「婆様、ガッカリするのは早いだろう
俺たちが来たからって、あちらさんも同時に来るとは限らないんだからな」

お父さんが落ち着いた声で婆ちゃんを元気づける
こういう時のお父さんは心強い

「そうだけどね、あいつは時間に対して真面目だったから、心配でね」

婆ちゃんはそれでも不安なようで、珍しくそわそわしている

「向こうの生活が忙しくて、忘れちまったかもしれない」

「たしか、この世界とは全然違う法則の世界に住んでるんだよね」

「法則の違う世界、か
想像もつかないな」

婆ちゃんから昔、そんな話を聞いた
婆ちゃんが若い頃、この島へ迷い込んだ時、別の世界から来たという人に助けられたという
そしてこの島への行き方を教えてもらい、定期的に交流をするようになったそうだ
ただ、出会ってから10年ほど経ったある日、婆ちゃんは親友から、長い間会えなくなると告げられた
向こうの世界でやるべきことがあると

「それで今日この日、お互いの子と孫を連れて来て、共に再会を喜ぼうって約束したんだ」

「きっと来てくれるよ
真面目なんでしょ?
約束は破らないって」

「そうだね
待つとしよう」

私の言葉に、婆ちゃんがそう返した直後、目の前が光り、婆ちゃんと同い年ぐらいの女の人が、大人二人、子供三人と現れた

「待たせてごめんなさい
やるべきことがなかなか片付かなくて、遅れてしまったわ」

この人が婆ちゃんの親友
落ち着きのある上品な人だな
見たことのないキレイな服を着ている
他の人たちは、たぶん子供と孫だろう

「いいんだよ
こうして来てくれたなら
兎にも角にも、まずは再会を喜ぼう
また会えて嬉しいよ」

「私も、またあなたに会えて嬉しい」

二人はとても穏やかで、だけど、喜びが溢れ出てきているとわかる笑顔で抱き合った

「さて、時間はたっぷり作ってきたから、ゆっくりと語り合いましょう
みんなでね」

「久々にあたしの魔法による武勇伝でも、あんたの子や孫らに聞かせてやろうかね」

あの話か
ちょっと刺激が強い気がするけど

「それなら私は、ロボットを駆って暴れた時の話をしようかしら
もう引退しちゃったけどね」

ロボットか
婆ちゃんから聞いたことがあるけど、よくわからなかったんだよね
本人から聞けば色々わかるかな
さて、これから九人でたくさん話をするんだ
せっかくだから楽しまないとね

11/13/2025, 11:35:50 AM

人の心は、他人が知ることはできない
できるのはただ、推測することだけである

「皆さん、この世界のため、平和を神に祈りましょう」

神官が教会に集まった信徒たちに、そう促す
今日はこの宗教の信徒たちにとって、特別な日である
皆で心を合わせ、神に平和を祈り、平和のために力を尽くすことを誓うのである
祈りの果てに、世界平和が訪れると信じて
しかし、本当に皆が平和を祈っているのだろうか?
人の心の中はわからない
しかし、今回は特別に祈る信徒の心の声を覗いてみよう

ある信徒はこうだ

(神よ、私は遊んで暮らしたいのです
私を大金持ちにしてください)

世の中やっぱり金である
金は誰しも欲しいものだ
彼は欲望にとても忠実だった

この信徒はどうだろう

(会社の嫌な上司がやらかしてクビになりますように)

世界の前にまずは自分の平和を守りたかったようだ
これは本人にとっては死活問題
祈りたくもなるというもの

もう少し見てみよう

(ライブのチケット!
ライブのチケット当ててください!
解散ライブだから!)

彼女は自分が好きなバンドの解散ライブのチケットが望みのようだ
当たれば一生の思い出になることだろう

さあ、次の信徒はどのような祈りを捧げるのか

(楽して小説が書けるようになりたいです!
努力とか絶対にしたくないんです!)

夢のための努力は大切だが、それは時に苦痛を生む
彼はもしかしたら頑張ることに疲れてしまったのかもしれない

見たところ、とても自分に正直な信徒たちのようだ
では、聖職者たる神官の心を覗いてみよう
彼は敬虔な信徒として、皆とは違い平和を祈るのだろうか

(なにが神だバカヤロー
そんなもんいてたまるかクソが)

彼は敬虔ではなかったようだ
神をまるで信じていない
なぜわざわざ信じていない神の神官をやっているのだろうか
他に進む道があったように思えるが

さて、誰も彼もが己の願望ばかりで全く世界平和を祈らない
しかしそれでいい
それでこそ我が信徒たち
我が信徒たちはそれくらいでなくては困る
私に仕える者たちはこうでなくては
私は彼らに信仰される神として誇らしい
これからもそのままの信徒たちでいてくれ
そうすれば、私は退屈せずに済む

11/12/2025, 11:55:37 AM

心の迷路に迷い込んだ
この迷路、いくら歩いても、どこを歩いても、出口に辿り着かない
歩きながら、ひたすら自問自答を続けて迷いから解放されなければ、出ることは叶わないという迷路
問題は、僕は自分の心の迷いに覚えがないということだ
なぜ迷路に迷い込んだのか理解できない
悩みは……無いとは言わないけど、正直そんなに重要視していないし、なんなら最終的にはどうでもいいとさえ感じている
そんな楽天的な思考の僕が、こんな心の迷路に飛ばされるほど、何を迷い悩んでいるというのか
たぶん、自分で気付かないほど心の深い部分に悩みがあるんだろうけど……
面倒なことこの上ないな
まずは自覚するところから始めないといけないとか
最近嫌なこととかあったっけ?
友達に延々自慢話を聞かされて、どうしてくれようかと思ったこと?
違うな
たしかに頻繁に自慢話を披露してくるけど、ウザさは感じても悩むまでは行かない
趣味の歌がうまく上達しないのは……まぁ趣味だし、自分が気持ちよく歌えればよくないかな?
音痴ってわけじゃないしねぇ?
うわぁ、わからない
悩みを見つけることに悩みそうだよ
いや、悩みとは限らないか
心の迷いだもんな
なにか、二者択一とかで迷っていることがあったかな?
あったな
いやいや、でもまさかそんなちょっとしたことで心の迷路に入るかな?
いや、僕にとってはたしかに重大だ
なにせ、もう1人の自分を作るようなものなんだから、しっかり決めないと
メタバースでのアバターの僕の名前
犬太(いぬた)にするか、描猫(びょうびょう)にするか
これは非常に迷う
ストレートに名前っぽく犬太もいいし、変わった方向性で描猫も面白い
人からしたらどっちでもいいわと言いたくなるだろうけど、これはしばらくは迷路から出られなさそうだ
ま、迷いを自覚出来ただけ前進できたかな

11/11/2025, 11:24:30 AM

「今日こそ決着をつけましょう」

私の前で優雅にコーヒーカップでブラックコーヒーを飲む彼女からは、凄まじいオーラを感じる
しかし負けるわけにはいかない
ティーカップで無糖紅茶を飲みながら、私もオーラをたぎらせた
それぞれの力がぶつかり合い、火花が散る

「望むところよ
必ず勝ってみせる」

戦いの火蓋が切って落とされた
お互い座りながら、紅茶もしくはコーヒーを飲み、それを力に変えてオーラをぶつけ合う
そうして倒れず最後まで座り続けたほうが勝ちだ
彼女の重たい一撃が勢い良く襲いかかる
私はシールドを展開して防御するも、多少突破されてしまう
さすがはカフェインが紅茶の2倍だけのことはある
これがカフェイン力の圧!
私も防御の合間を縫って攻撃オーラを放つも易々と防がれてしまう

「あなたの攻撃、少々軽いのではありませんか?
私の防壁を破れるのかしら?」

彼女は早くも余裕の態度
しかし……

「何事もやり方次第よ
ほら」

いくら分厚い防壁でも、全体が堅牢な訳がない
弱い部分は必ず存在するのだ
そこを攻めれば、紅茶のカフェイン力でも突破は可能!

「そこね!」

「くっ、なかなかやってくれますね
しかし私の強力な一撃を防ぎきらない限り、あなたには敗北しかないのですよ!」

コーヒーの強力な一撃が降りかかる
カフェイン力の差はやはり厳しい
またシールドは破壊される
相手のオーラの威力はかなり強い
このままでは押し負ける
けれど、相手の攻撃の癖は見切った

「どんどん行きますよ!」

コーヒーのカフェイン力に裏打ちされた強力無比の連続攻撃
こんなものを喰らったらひとたまりもない
そう、喰らってしまえば
私は相手の攻撃の度、シールドを全体に張らず、オーラが飛んでくる箇所のみにシールド展開することで、耐久力を高めた
いかにコーヒーのオーラといえども、ピンポイントで防御力を集中されれば突破は不可能
そうしている間に私は彼女の張ったシールドの弱点を突き、ジリジリと体力を削っていく

「そんな高度なテクニックを持ってるなんて……!」

「どう?
このままじゃあ、時間はかかるけど、私の勝ちは確実よ
降参する?」

「冗談じゃないですよ!
あなたはまだコーヒーのカフェイン力の恐ろしさを知らないのです」

彼女はコーヒーを連続で何杯も飲み干した
オーラが何倍にも膨れ上がる
次で終わらせるつもりだ!

「喰らいなさい
私の最高の一撃を!」

私も紅茶を何杯も飲み、カフェイン力を高めた
全てを破壊するかのような恐ろしいオーラが私目がけて突進し、私は即座に多重にシールドを展開
しかし何杯分ものコーヒーのカフェイン力による圧倒的暴力は、シールドにすぐさまヒビを入れ、最終的に私は、オーラを防ぎきれずにこの身に受けることとなった
私のティーカップも割れ、もう紅茶のカフェイン力を補充できない

「ぐぅっ……!
……これまで……ね」

全カフェイン力を使い果たし、疲労をにじませながらも目の前には勝ち誇る彼女の顔
攻撃の反動で、彼女のコーヒーカップもヒビ割れている

「……ハァ、ハァ……
ええ、私の勝ちです!」

「いいえ
……私の勝ちよ……」

「!?」

私は最後の、ほんのわずかに残ったカフェイン力で、オーラを放つ
彼女はもう防御できない
私のオーラをもろに受け、その場に倒れた

「そんな
わずかとはいえ、どこにそんなカフェイン力が残っていたのですか……?
それに、あの一撃を耐えるなんて……」

「簡単よ
あの一撃だって全体が最大火力な訳がない
オーラの中で、最もカフェイン濃度の濃い箇所に対してだけシールドで防御したのよ
逆にダメージが低い箇所は防ぐことなく受けたけどね
それでも、ギリギリだった
そして、効率的に防御したことで余ったオーラを、攻撃に使ったってわけ」

耐えきれるかどうかは、賭けだったけど

「そこまでの覚悟と、技術を持っていたのですね
私の完敗です
この街の紅茶ショップをコーヒーショップに変える野望は、諦めましょう
素晴らしい強さでした」

「あなたも、恐ろしいほどの力だったわ
また手合わせしたいものね」

「ええ、是非
次は負けません」

こうして、コーヒー組と紅茶組の激しい戦いは幕を閉じた
今後はお互いを尊重できるようになってほしいと、切に願う
とりあえず、割れたティーカップを買い換えよう
最後に約束した、次の戦いに備えて

11/10/2025, 11:18:50 AM

最近、どうにも寂しくて
何が寂しいって、あれだよ
口寂しいんだよ
食事は朝昼夜としっかり食べてる
適当なものになりがちな朝食も、前日に用意して、翌日には大した手間なくすぐ食べられるようにしてるから、他の時間に引けを取らない量は食べているはずだ
にもかかわらず、10時頃と15時頃、20時頃になると間食をしたくなってしまう
ポテトチップスを食べたり
準チョコレートを食べたり
コーンスナックを食べたり
当然のことながら1日3食しっかり食べて、1日3回の間食までしたら間違いなく健康に悪いはずだ
けっこう間食もがっつりいってる
非常によくない
しかしそれでも、止めることができない
原因は不明
こういう場合はたいていストレスのせいだけど、思い当たるフシはない
なぜこんなに食べたいんだろうね
あぁ、今もまた食べたくなってきた
ダメだ、我慢できない
ちょっとまた菓子でも食べよう
んん?
なんだか急に体が重くなったような……
なにかおかしいぞ
鏡は……
なんだこれは
この化物が僕だっていうのか……?
なんなんだこの姿は
いや、そんなことはどうでもいい
菓子を食べるのだった
口寂しい、口寂しい
ああ、まだ足りない
もっと、もっともっと食べないと
口寂しい、口寂しい


妖怪 くちさびし
この妖怪はいくら食べても腹が満たされることはなく、いくらでも食べられる
常に口寂しく、食べ物を食べずにはいられない性質
人間がこの妖怪に変化する場合がごく稀にあるが、原因は不明

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