『冬へ』
真っ黒だった世界が真っ白に生まれ変わる。
誰かの叫び声も泣き声も、もう、聞こえなくて
あの人の声は雪のように、彼らの温もりは蝋燭の火が消えるように静かに解けていった。
世界は冬へと終焉を迎えた。
『君を照らす月』
夜明け前の東の空に誰も知られず月は姿を現し、そして、早朝のシンとした静けさの中かすかに光る。
そして、誰にも知られず沈んでいき、そしてまた、皆が寝静まった時に月は起きる。
まるで君は、月のようだ。
誰にも知られずただそこに居て、そして、誰にも知られず消えていく。
けれども、それでも、君を照らす月は美しくて、届かないと分かっていても手を伸ばし続け、空を切る。
『木漏れ日の跡』
春の新緑が青葉へと移り変わり、次第に夏の暑かった日が遠のいていく。
私が幼い頃によく遊んでいた公園に生えていた大きな木。
世界のことを何も知らない子どもだったからか、余計にそれは大きく感じた。
そして、それは常に私の背中にあった。
子どもが減り、彼らの純粋な笑い声が無くなっていった。
荒廃した遊具に、手入れされなくなった草木。
公園からの子どもの影が消えていき、そこにはその広葉樹だけが風に揺れていた。
悲しそうに、でも、穏やかに。
数年後、あの公園の半分を住宅地にするという動きになった。
もう、この場所には、公園ひとつ無くなるくらい、何も変わらない程までに子どもがいない。
誰もいなくなった地面には光だけが残っていた。
これはかつての笑い声のかけらだった。
私たちの反対運動も間もなく、その公園は解体された。
木漏れ日の跡だけがそこに揺れていた。
『祈りの果て』
陽は沈み、瞬きを忘れた星々は銀河を超えて光を照らす。
その光に誰かの祈りは存在せず、星はただ私たちを見つめ光るだけだ。
それでも、彼女は祈り続けた。
この星が誰かに届くことを願って。
そして、彼女は優しく微笑んだ。
遠い銀河の片隅で、風が誰かの頬を優しく撫でた。
『心の迷路』
心の中には誰にも知られていない小さな迷路がある。
角を曲がるたびに昔の声が聞こえ、自身を惑わす。
左に曲がれば、あの人の笑顔。
右に曲がれば、まだ言えなかった言葉。
どこへ行っても、出口はない。