2/24/2026, 10:59:19 AM
小さな生命と云えば、真っ先に思い浮かぶのは、生後間も無い、赤ちゃんだろう。
確かに、赤ちゃんの時は、無限の可能性が在るのかも知れ無いが、実は、既に、無限の可能性では無い。
例えば、我々は、自らの自由意志で、生まれて来る時代や、階級、家庭を選ぶ事は、出来無い。
仮に、王族に生まれたとしても、必ずしも王になれるとは限ら無い。
貧困層に生まれたら、哀しいかな、殆どが、やはり、貧困層になると云われて居る。
確かに、子供は鎹(かすがい)=宝だが、成長するに従って、可能性は極めて限定的だと、思い知らされて行く。
何時の世も啓発本は、一定の人気が在るが、先ず、再現性は無いと断言して差し支え無い。
我々は、機械では無い、仮に、人工知能を組み込んだロボットなら、Command=逆上がりをやれ!と
命令されたら、出来る様になる迄、何回でも、何十回でも、やり続ける。
然しながら、人では、そうは行かない。
直ぐに出来る子も居れば、何回挑戦しても出来無い子も居る。
それだけでは無い、何回かやっても出来無ければ、もう嫌だとなる子も居る。
学校教育は、極めて平等だ、それでも、一組に30人居れば、1番〜30番迄の順位が付いてしまう。
ふと、徒然に、打ち込んでみた。
2/20/2026, 5:46:39 AM
枯葉と云えば、銀杏の黄色や、紅葉の赤、文字通りの褐色をイメージする。
但し、それらは、表面的なモノで、本質的では無い。
表面的な、イメージからは、秋を連想させ、それらは、実りを意味する。
然しながら、本質的なモノとしては、もう既に、役に立たなくなったという感じを、どうしても、払拭出来無い。
それは、アンコンシャスバイアスによるものなのであろう。