夢の断片(オリジナル)
「人はなぜ眠るのか。理由はわかっていないが、逆に、眠るために昼間起きて活動していると考えると説明がつく」
という話がテレビから流れてきた。
そこで私はハッとする。
幸せな夢はいつも断片的にしか覚えていられない。
クラスメイトと楽しく遊んだり、母親と仲良く買い物に出かけて美味しいご飯を食べたり、遊園地に行ったり、街中でスカウトされてドラマに出演して絶賛されたり。
現実は辛い。
父親が鬱からの自殺、母は恋人と出かけてほぼ家にいない。服もご飯も満足に与えられず、いつも学校では臭い、ばっちい、あっち行けといじめられている。
眠る方が本質で、こんな現実がただのオマケなら、他で代替すべきではないのか。
現実の方を断片とし、眠りの方を連続させたい。
その一心で猛烈に勉強し、研究し、ついに、ずっと眠っていられる装置を開発した。
眠っている間、意識を夢に集中させるため、脳波や電気信号をコンピュータに反映させる。
最初は肉体の脳の域を越えなかったが、AI学習やディープラーニングも効率よく使った結果、徐々に拡散されていき、夢とネットの海の境界が曖昧になり、ついに肉体を忘れてしまった。
ネットの渦は起きている人間の現実だが、その海にただよう自分は果たして寝ているのだろうか、起きているのだろうか。
最初はある程度自我を保ち、脳の拡散を抑え、都合の良い夢のようなものを紡げていたが、たくさんの刺激的な情報に触れているうち、そちらの方が面白くなった。考えることをしなくなり、ただただ情報の海を漂うだけの存在になった。そしていつしか、彼女を形作っていたものは霧散し、消えてしまった。
見えない未来へ(オリジナル)(異世界ファンタジー)
仲間が自分を助けて死んだ。
岩で塞がれた洞窟の前で、ただひたすら泣き喚き、泣き疲れて気絶して、起きたら地面を手でひたすら掘って、疲れて気絶して、また起きてを繰り返し、日付の感覚が曖昧なまま、3日ほどが過ぎた。
仲間を埋めた岩はびくともせず、手で掻きむしった地面は深さ1センチも掘り進められていない。
身体中の水を絞り出したようで、もはや涙も出なかった。
朦朧とした意識の中、爪の剥がれた指をひたすら地面に突き立て掘り進めようと動かしているが、力もなくなり、地面に血で跡をつけているだけといった有様だった。
頭の中でぐるぐる回るのは、激しい後悔。
強力な火の魔法を使えていた自分が、なぜか今は使えなくなっている。
だから、洞窟の岩を吹き飛ばす事もできない。
魔法が使えなければ自分はあまりにも非力だった。
呪いの証左か、右手の甲に、見たこともない紋様が浮かびあがっている。
これさえなければと、噴出した怒りのままに、右手を岩に叩きつけた。
こんなもののせいで。
手の感覚がなくなるまで打ち続け、もはや体力も気力も失い、その場に倒れ伏した。
このまま死んで、皆に詫びに行こう。
そう思い、全てを諦め目を閉じた。
口や目に湿気を感じ、ぼんやりと覚醒した。
重い瞼をなんとかこじ開けると、自分を覗き込んでいる何者かが見えた。
(誰)
口はそう動いたが、声にはならなかった。
それは、頭がヒトより大きく、体はやけにヒョロ長で、まるで畑にいるカカシのような何かだった。
濡れた布で顔の汚れを拭き取り、水を飲ませようとしてくれているらしい。
死にたいのに邪魔をするな、という反発心から、キュッと口をつぐみ、嫌々と首を振った。
その人は眉をひそめたかと思うと強い目をして手を振り上げた。バシンという大きな音がして、じんわり頬が熱くなる。
どうやら頬を叩かれたらしい。
見た目からおそらく男である「彼」は、涙をポロポロと落としながら、今度は力のこもらない両手で、こちらの頬をパチパチと叩き続けた。何も口に出しては言わないが「死にたいなんて考えるな、生きろ」と言われているようだった。
なんとなく罪悪感が湧いて、口に当ててくれている布を弱く吸うと、気づいて手を止め、嬉しそうに頷いてくれた。
その後、すぐに意識をなくしてしまったが、彼はなぜか面識のない自分のそばにずっとついて世話をしてくれて。
結局、仲間のところには行けなかった。
命が助かった後も、しばらくは自傷行為がやめられなかった。
ただ、その気配が濃くなると、カカシの彼が、腕をつかんで止めにくる。
死なせてくれない彼に恨みを募らせる時もあったが、彼は何も言わずにそばにいて、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれた。
彼は一度も意味のある言葉を発しなかった。
もしかしたら人とは異なる言語体系を持つ種族なのかもしれない。
体力が戻ってくると、脳も働くようになった。
土を掘り返す道具をつくり、まずは入り口の仲間の遺体を全て掘り出した。
出口を塞ぐ岩を砕き、少しづつ中に掘り進めて行く。
中程まで行くと、湿った層に行きつき、洪水のような跡があった。
最奥、遺物があった洞穴まで到達すると、2人の仲間がほぼ白骨化して、折り重なるように、互いを庇い合うようにして、そこにいた。
泣いた。
涙が枯れるまで、声をあげて泣いた。
彼らに助けられた命だった。
それを、安易に投げ出そうとしてごめん。
本当は皆で未来を生きたかった。
我々は孤児院しか知らず、その世界から飛び出したばかりだった。
冒険者として広い世界を見て回ろう。
そう、皆で話していた。
それはもう叶わない。
死ぬわけにはいかず、生きるしかないのなら。
彼らの形見を持って、世界を旅しよう。
魔法も使えなくなり、一人旅でどこまで無事に進めるかわからないけれど。
彼らの分まで生きなければ。
3人を弔った後、墓の前でそう決意した。
遺跡の最奥で発見した、この惨劇の原因となった遺物の剣を拾い、旅の供とする。
目にするのも辛いが、彼らの死を、意味のないものにするわけにはいかないから。
なぜか最後まで自分を助けてくれたカカシの彼に別れを告げ、深く深く感謝の礼をして、ラッツは旅立った。
見えない未来に、今は、夢も希望も抱かぬままに。
吹き抜ける風(オリジナル)
ねぇ、掃除道具どこにしまってあったっけ
誰もこちらを見ていない
誰も答えてくれない
皆場所を知らないのか
自分への質問と捉えていないのか
皆でご飯に行こう
すぐそこで同僚が話している
◯◯さん呼ぼう、◇◇ちゃんにも声かけて
その中に、決して自分の名前は出てこない
自分から声をかければ良いのかもしれないが、
嫌な顔をされるのが怖くて動けない
机の引き出しからペンが消え
ペン立てからマジックとハサミが消え
頼まれていた仕事の書類も見つからない
いったい誰が
上司にまた呆れられるのが怖い
皆が私を見て嗤うだろう事が怖い
後輩がお土産を配っている
当然、私の席には置かれない
誰とも目が合わない
私はいない人間なのかな
もしかしたらもう死んでいるのかも
たとえ私がいなくても
仕事も世界も
何事もなく回っていくんだな
誰か私を見て
誰か私に気づいて
誰か私に話しかけて
誰か私を必要だと言って
私はここにいるよ
空虚な胸を、
一陣の風が吹き抜ける
それは、
机上にポツンと置かれている
花瓶に挿されたお悔やみの
百合の花弁をそっと揺らすのだった
記憶のランタン(オリジナル)
骨董品が雑多に並ぶ店に、それはあった。
『記憶のランタン』
見た目は普通にオシャレなランタンである。
店主に聞くと、記憶を取り出してしまっておけるうえに、火を灯せば煙のようにわいて出て、消えてなくなるものらしい。
そんな解説を受けて胡散臭く思っていたのだが、妻が思いのほか食いついた。
防災用品としても使えると押し切られ、買って帰ったのだった。
自分はすぐに興味を失い買った事さえ忘れていたが、妻は色々実験をしていたらしい。
ある時、私を呼んだ。
「あなた、見ててね」
ランタンに火を灯すと、ボワリと何かが吐き出され、部屋いっぱいに広がった。
それは、まるでプラネタリウムかプロジェクションマッピングのような映像だった。
美しく壮麗なオーロラが、頭上に広がっている。
どこかで聞いたことのあるような景色だなと、口をあんぐりあけて見惚れていると、横で妻が、
「就職5年目の海外旅行先、アラスカで見たオーロラの景色よ。当時お付き合いしてたあなたにも見せてあげたかったって話した事あったでしょ」
と言うので、驚愕に目を剥いた。
「そんな大事な記憶、抜いて燃やしてしまって良かったのか?!」
「大丈夫、こうしてまた見る事で、脳に戻るから」
妻はそう言って空を見上げ、満足そうに微笑んだ。
その笑顔を見ていて、泣きそうになる。
美しいものを見た時に、一緒に見たいと思ってくれるのが嬉しい。
見せてあげたいとか、一緒にいたいと思える相手がいて、その人と伴侶となれている事の幸せを噛み締めるのであった。
冬へ(オリジナル)
我が社はそこそこみんな仲が良い。
良い雰囲気で仕事ができているが、きっとどこもそれなりに問題児はいるもので。
そして、我が社も例外ではない。
本日は仕事終わりのロッカーで、仲間と楽しくおしゃべりをしていた。
話題は、とっても面倒で変人な同僚のこと。
彼女は正義の範囲がとても狭く、高圧的に他人を叱るのが好きで、他人の意見を受け入れない頑なさがあることから、我々は陰で「姫婆(ひめばあ)」と呼んでいた。
もちろん、彼女は先に帰っていて、ここにはいない。
「ねぇ、姫婆、今日もやっちゃってたよ」
「えーなになに?」
「イライラしてたのかさ、後輩ちゃんつかまえて、機械に被せてるカバーが折れ目通りにたたまれてないって、どうでも良い事をネチネチネチネチ」
「うわ、マジどうでも良い。後輩ちゃん可哀想」
「表面的には謝ってたけど、後でトイレで会った時にウルセェってキレてたから、慰めといた」
「そっか。彼女マイルール多い上に押しつけてくるから面倒くさいよね」
「ホントホント。自分の思い通りにしようという圧がすごい」
「イライラを人にぶつけるしさー、自分はスッキリするかもだけどさ、やられた方はたまったもんじゃないよね。空気悪くなるからマジやめて欲しいんだけど」
「姫婆、怒ってる時のオーラマジ怖いからねぇ。他人に怒ってても隣で聞いてて背筋凍るもんな」
「パワハラでクビにならないんかね」
「下っ端だとパワハラにならないんじゃね?」
「今は逆パワハラってあるらしいよ」
そんな彼女の相手を、同僚であるが故に背負わされている私である。
本人からの攻撃はのらりくらりと躱し、周囲からの文句はこうして愚痴として発散しながら、そこそこ悪くない雰囲気作りができている。
愚痴を吐き出してスッキリできたところで帰ろうと、ロッカー室の扉を開けたとたん、姫婆とばったりかち合った。
姫婆はとても怖い顔をしている。
おそらく聞かれていた。
「忘れ物」
彼女は怒りのオーラを発しながら、それだけ言うと、すれ違いにロッカー室へ入って行った。
空気が凍る。
明日から、職場の厳冬期突入は間違いない。
冬へ。