「デートではない」
待ち合わせ場所に現れた幼馴染は、いつもより大人っぽくて、眩しくて、息が止まりそうになった。
「なにボーッとしてんの。エスコートしてくれるんじゃなかったの?」
「あ、うん。ごめん。ちゃんとやる」
「ん、期待してる」
今日は、他県にある姉妹校からの交換生を案内するための実地練習だ。
断じてデートなどではない。
大通りを歩き、名所を巡りながら、この街のことを軽く説明していく。
ひと通り案内をし、近くのカフェに入った。
断じてデートなどではない。
「……どうだった?」
「うーん。クイズ形式は良いと思う」
「良かったぁ」
「だけど歴史に関して、そこまで細かく説明しなくてもいいんじゃない?」
「いやー、でも」
「もっとラフな感じでいいと思うけど。この店の酒饅頭美味しいとか、お土産買うならここが良いとか」
「……む、難しー」
「あと、なんていうか、本物のガイドさんみたいで知識すごいなーと思うけど、色々と高校生らしさに欠けるっていうか……」
「うわー、ザックリきたー」
「あと、上手いこと言おうとしてる感がすごいし。そうじゃなくて……多少下手でも自分の言葉で言ったほうがいいんじゃないかな」
今日付き合わせたお礼だと、カフェ代を支払う。
断じて、デートなどではない。
いつか経験するであろう、初デートの実地練習である──そういうことにしておかなければ、初恋の相手をこんな風にエスコートなんて出来ないのだから。
────上手くいかなくたっていい
「あなたの娘になりたい」
「もし女の子だったら、俺、絶対可愛がりまくると思うんだよ」
「あー、なんかそんな感じするー」
同窓会で数年ぶりに会ったあなたの左手の薬指には、指輪が光っている。
来年にはパパになるのだという。
決して叶うことのないこの恋は、小さな箱に入れて埋めてしまおう。
私の本当の近況報告は、誰にも言わない。
私は来年の桜さえも、見ることが出来ないかもしれない。
そんなこと、絶対に言えないし、言うつもりもない。
最後に会いたい人に会うために、今日ここに来たの。
後悔せず残りの日々を過ごすために。
ずっとあなたのことが忘れられなかった。
この想いは、夜の闇に溶かしてしまおう。
だけど、ひとつだけ、願ってしまう。
叶ったとしても、願ったことなど忘れてしまうだろうけど。
生まれ変わったら、あなたの娘になりたい。
そうしたら、あなたに絶対に愛してもらえるのだから。
────蝶よ花よ
「祖母の口癖」
「人の寿命っていうのはね、生まれた時から決まっているんだよ」
祖母の口癖だ。
五歳の時に事故で母を亡くした私は、祖母に育てられた。父はいない。私が生まれてすぐに離婚したのだという。
祖母は若くして親と夫を亡くし、最愛のひとり娘にも先立たれた。
人の寿命は最初から決められている──そう思わないと乗り越えられなかったのかもしれない。
決められているのは、寿命だけなの?
もしも、事故死する運命を回避してしまったら、そのあとその人はどうなるの?
母が亡くなったときの事故で、私は生死を彷徨ったという。
もしも、私が運命に逆らって生きているのなら、未来のことがまったく描けないのも、自分が大人になった姿さえも想像できないのも、生きる運命じゃなかったからなの?
時々そんな考えがよぎる。
「あの時生かされたのだから、頑張って生きなきゃ」
私が一番嫌いなセリフ。
祖母は決してこんなことを言わなかった。
「頑張っても、頑張らなくても、いつか人は死ぬの。だからいつ死んでも後悔しないようにするのよ」
祖母の口癖。
だけど私は、まだまだ後悔ばかりの生き方をしている。
昨日もあんなひどい事故に遭ったのに、私は無事だ。念のためにと病院に留められたが、たいした怪我ではない。
何らかの力で生かされているような気さえしてきた。
もしかしたら、生きるために後悔ばかりしているのかもしれない────なんて、ちょっと自分の都合の良いように考え過ぎか。
後悔しないように生きるには、どうしたらいいのか。
無性に祖母に話を聞いて欲しくなった。
三年間、伏せていた写真立てを起こす。
祖母の顔をやっと見ることができた。
────最初から決まってた
「図太くなってよ」
遮光カーテンはまるで天の岩戸。
暗くした部屋で、蹲ったままの貴方を照らせるなら「君は太陽のようだ」と言われるのも悪くない。
でも、私は太陽にはなりたくないの。
私を貴方の世界の中心にしないでほしい。
貴方の世界では、貴方が太陽。
もっと自分を軸にして考えてほしい。
「君が眩しくて辛い」
そう言われた方が辛くなるってこと、わかってるのかな。
私の世界では私が太陽。
そして、月も地球も、名もなき星も全て私。
貴方もそれくらい言えるようになってくれたらいいのに。
でも、そうならない、なれない貴方が愛しかったりもする。
本当に私たち正反対だね。
幼馴染じゃなかったら、仲良くなれなかったかもしれない。
まだ外に出たくないなら、無理に出なくてもいい。
貴方の世界で貴方が太陽になるまでは、私が側にいるから。
それまでは、私が貴方の太陽の代わりになってあげてもいいよ。
────太陽
「午後三時。門前町。古民家カフェ。」
日中、毎正時に聞こえてくるのだと、あの人は言っていた。
三つ鳴らしたあとに、時刻と同数の鐘の音。
あの人の軌跡を辿る旅は、ここから始めることにした。
もう二度と会うことができない。
もっと、教わりたいことがあったのに。
この先もずっと、見守っていてほしかったのに。
それよりもなによりも、あの人自身もやりたかったこと、やり残したことがあったのに。
寺を中心に発展した町。
あの人が生まれ育った町の、路地裏を歩く。
古い建物を改修や改築したカフェや本屋、雑貨屋があちこちにある。
「リノベーションか……」
鐘の音が聞こえてきた。
午後三時。
目についたカフェに入り、ノートを開く。
あの人が残したもの。
それらはもしかしたら、あの人が俺に出した最後の課題なのかもしれない。
────鐘の音