「わかってしまう」
「どこで覚えてきたの、そんな台詞」
妙な気持ちになっていることを悟られたくなくて、私は彼を突き放した。
ただの幼馴染。
そのはずなのに。
それまで見たことのない彼の表情に、胸の奥が跳ねる。
こんなに長い年月、一緒に過ごしていたのに、なぜ今こんな気持ちになるのだろう。
全身を駆け巡る言葉が甘くて溶けてしまいそうになる。
私を見つめているその顔も声も他の人には見せないものなのかもと思ってしまう。自惚れだと解っていても。
「こんなこと言うの、お前だけだし」
これがトドメでなくて何であろうか。
どういう意味──なんて、白々しく訊かない。訊けない。
「わかってるよ」
それだけ言って、顔を背けた。
顔が、体が熱い。
どうか今、触れたりしないで。
無自覚だったものを、自覚してしまう。
この気持ちが何なのかを。
────落ちていく
────────────
「私は両親みたいにならない」
環境というのは恐ろしいものだと、つくづく思う。
世の中の夫婦は皆していると思っていたことが、常識ではなかったということに気がついたのは、高校生になってからだった。
そう、私の両親はとんでもないバカップルなのだ。
挨拶のハグとキスは日常。
ナチュラルに行われる「はい、あーん」
月の半分以上は一緒にお風呂に入っている。
シミラールックなんて言葉が流行る前から、ふたりの服装は統一感ばっちり。アルバムでも確認済だ。
「仲良くて良いなー」
うちの両親を見て呑気に呟く彼氏。
私は決意した。
「絶対、私は両親みたいにならない……」
────夫婦
「重要なことほど人には言えない」
迷っていることも、悩んでいることも、重要なものほど人には言えない。
話したくないわけではない。
話したいとすら思わないのだ。
相談してくれないのは寂しいだなんて言われても、困る。
他の人からの色々な意見は参考になるだろうけど、それを得るためには一から十まですべて説明しなくてはならない。
正直、それが面倒なのもある。
でもそれを言ったら角が立ちまくりだろう。
だから、どうでもいいことを訊くことにした。
それはランチのメニューであったり、デザートのケーキはどれにするかだったり、実家へのお土産だったり……
本当に迷っていることや、悩んでいることは、言えないし、言わない。
重要なことほど、私は私自身にしか訊かない。
人の意見は参考になるかもしれないけど、別の意味で私の本当の気持ちがわからなくなるような気がする。
他の人がどう思うのかではなくて、私が本当に望む選択をしたい。
だから私の選択はいつも事後報告なのだ。
────どうすればいいの?
「あの子とあの子がくれた言葉すべて」
宝物の価値は自分にしかわからない。
カッコイイ缶は、いつだったか誰かにもらったというお土産が入っていたもの。
その中に入っているものを、ひとつひとつ出してみる。
綺麗な色の石。これはあの子と拾ったものだ。
ミニカーはタイヤがひとつ外れている。気に入っていて、毎日毎日持ち歩いていたのを覚えてる。
ぬいぐるみの洋服。しかもスカートだけ。意味がわからない。
怪獣のおもちゃは尻尾が取れている。たしか、退治するときに放り投げたんだ。子供って残酷だな。
あの頃俺が好きだったもの。
そして、あの子がくれたものは、なんだって宝物だった。
でも本当に入れたかったものは、ここには入れていない。
いや、入らなかったのだ。
────宝物
「アロマキャンドルは好きになれない」
透明のパッケージから出さなくても甘ったるい匂いを放っているアロマキャンドル。
私の誕生日に彼女がくれたもの。
くどい程の甘い香り。
だけどきっと、好きな人は好きな香りなのだろう。
そう、私の元カレとかね。
私には甘すぎる薔薇のような香りは、彼女そのもの。
私には似合わない。
一生、身に纏うことはない。
彼女が私にプレゼントしてくれたものは、何ひとつ私の趣味に合わなかった。
それなのに、男の趣味は同じだったのね。
見抜けなかった私がバカだった。それだけ。
好みの男を手に入れるためならどんな手段でも使うなんて、そんな人が現実にいるとは思わなかった。
狙った男を手に入れるため、その男の彼女と友達になるなんて、正気の沙汰とは思えない。
彼女がいつも纏っていた甘さしかない香り。
それによく似ている、ピンクのアロマキャンドル。
絶対に使わない。
でも、棄ててしまうのもなんだか悔しい。
物に罪はないとはいうけど、私は一生、アロマキャンドルは好きになれない。
────キャンドル
「物心つく前の」
「これ、どういう状況?」
「さあ?」
「絵面は面白いけど、これは使えないね」
今選んでいるのは、結婚披露宴で流す、ふたりのヒストリー的な動画の素材。おもしろエピソード集のための素材ではない。
「でも気になる……」
「母さんに訊いてみるか」
アルバムに貼られている一枚の写真をスマホで撮影して実家の母にメッセージを送信。
物心つく前からの付き合いだから、それはもう数え切れない程のエピソードが俺たちふたりにはある。
自分たちでは覚えていない頃のこと。
ともだちってなんなのかわからないまま仲良しだった頃のこと。
男女関係ない友達だと信じていた頃のこと。
幼馴染から彼氏彼女の関係になった頃のあれこれ。
色々あったけど、俺たちはもうすぐ夫婦に──家族になる。
「返信きた。なんか、アニメの真似してたらしい」
「アニメってなんの……」
「わからん」
そしていつか、俺たちも『物心つく前のエピソード』を伝えていくのだろう。
────たくさんの想い出