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1/29/2026, 8:11:25 AM

ことばはあぶくとなって声は潰えてしまった。はくはくとかたくとざされた扉に、かつてのうばわれたもの、愛していた嗜好をまのあたりにしたときに、つぅ、っとぼくのなかのみずうみが溢れだした。いたみ、かなしみ、言い淀んだかけらを飲みこんで、宙をみあげた。かぜは荒れ、木の葉はゆれ、いさかいに行き交うまちなみをひたすら歩んだ。息は、きれそうだ、あるきつづけて、悴んだゆびをまさつによってぬくめて、いきどおりのみをともしびに、薪に焚べていた。あまやどりに、もりへ立ち寄った。そのときに毛布をゆずってくれたきこりの青年に、「ぼくはかれらをゆるしたくはありません。やさしさとは、なんですか。すべてを受け容れることでしょうか、ほほえんで、ただ平穏にくらすべく、あわせることをよしとすべきですか。つらいのです。けれど努めるほかに、方法をしらない。かみさまなんていやしない、すべてきらいだ、にくらしいんだ、これは汚れのあかしと、糾弾なさるか。あなたは。」ほつれた衣服のむなぐらをつかみ、おもわず叫んだ。きこりはただしずかに、ひとつ、ふたつ、おちついて、と、唱えた。そうして、「きみは、よくよく怺えてきた。されど思いすごしをしてはいけない。復讐に身をやかれ、たましいを濁らせることはないんだ。そのおこないに蹲ったなら、もうつぎの目に遭うひとをなくすよう、ただ、善処していけばいい。すぎたことは戻らないんだ。なけど、いかれど、暴力のあらしはまたつぎの犠牲者をうむだろう。その傷んだこころごと、だきしめて。きみのおもううつくしい箱庭にたいする、つくりあげるための、対価だったとおもうんだ。いいね?どうか、踏みはずさないで。きみのために、このさき出逢う、とうとい友のために。」やさしいあまだれだった。さとすでもなく、説きふせるでもなく、かれの垣間みえた善良なこころに少年はひくつき、しゃっくりをあげては、ちからなく地面に足をついた。そうして小指をたがいに結び、どうか、と。「どうか、これから困難をしいるかれに、淡くとも、やすらかなひかりあれ。かならず、むくわれるさ。きみをふくめ、この世において、むだなことは何ないんだ。さあ、なみだを拭いて、かおをあげて。絶望は、ながくはつづかない。たとえ泥まみれになろうと、がんばれるひとの背なかは、かがやいているものだ。もしも折れそうになったら、またここに来ればいい。ただ、かえらぬことを願って。」とん、とかるくてのひらをおしたと思うと、霞がかり、すがたも、村も、跡形もなくなってしまったが、年月をかけて、果たすと。ひとみは滲みながら、一歩。踏みだした。さあ、いざゆかん、たびびとに幸いあらんことを。祈りを、祝福を。

1/19/2026, 11:45:32 AM

崇められたかみさまのおはなし。「つばさをください、なるたけじょうぶな、かぜにもまけず、とべるしろものを、はやしてください。」かれはものを与え、すみかをつくり、日ごとみっつ、あかんぼうから、ながく息をすう年輪までかなうかぎり、かれはてた土地に、豊穣をもたらした。ちぎりを守ったあかつきには、ちいさくささやかな花の蜜を美酒に溶けあわせ、ねかしこんだカクテルを献上したのちに、宴をひらく習わしがあるという。病に伏せたははおやには、たちまち効く薬草をおしえ、まなびにうとい少年に、つたえ聴く伝承の人物はいかに、苦難にひざまずき、のり越えたかをすこしずつ、惜しむように語りかけた。ふゆにはみなしずまりかえる為、生命のよろこび唄う日まではと、さいごの夜だった。少女ははだしのまま、ろくにみなりもととのえず、祈りをささげ、つばさがほしい、と、となえた。これにはかみさまもこまり果て、まゆを寄せては、肩にそうっと手をそえ、「いいかい、きみたちの、かみさまだというしろものは、すくなくともぼくには、そなわっていないんだ。この身の、永らえた歳月はひとのこよりおおかれど、この地を耕し、うまれさせるまねは、できやしない。はねより象る、いのちのかけらだから、ないものを編みだせるものを、きみに渡せやしない。けれどね、とおくへゆけるあしなら、みちしるべをあげよう。みずからの眼差しで、ひろく旅をなさい。」やわらかく、陽射しのあたたかな微笑みをうかべたかみさまは、愛馬のこども、シャーナをつれてきてはめのまえに、少女のてのひらをゆうどうし、仔うまの毛なみをなでさせて。十四の歳に、むらを出てよいというしらせと、シャーナとのみちなるあす、あらたな門出をしゅくして、くらくなろうと、灯りをともしつづけた。じつはこのとき、さいわいの小唄をくちずさみ、そのうえ、わざわいをさける組み紐を、ひとりといっとうに、旅路に、はれわたる景色がやくそくされていることは、かのじょたちはしらない。それでいいのです。咲いては散り、うまれてはなくなり、ほしになり、つきとなり、太陽となる。いとおしむとはきっと、おこないの巡礼をすぎてなお、すすめること。あるもの、あれるものをできうるかぎり、確かにして。かみさまは、たびを眺めている。このさきも、かわらずに。

11/15/2025, 12:54:33 PM

筆にしたたり落つる墨に、ことばは塗りこまれてゆく。ひかりへと、隙間をぬうて手を伸ばしました。あわくにじんだ淡火に、そう、と、かざしました。ときはたてど、はぐるまに、とめ具のほどこし。静止画のまま、しずやかに息をするのです。ゆうげんな語らいになぜ、ままならないのかを、かべに、背なかあずけて見あぐ。さわさわとゆれる葉すれにこころをあずけ、はばたきたい。かささぎのほそやかなあしが、爪さきをすこしひたらせ、緩まんにあるくのどかな風景と、しぜんとあわさり、ひとつになれるのなら。なやみさえやわく、とぶのでしょうか。ああ、けれども、停たいしたさなか、ますぐに佇むあなたに恥じまいと、奮いたつのは愚かしく、はれやかなのでございます。腰かけた古椅子はずいぶんと、おとしをめされました。ねじをまき、つよいほねを分けた、すがたの若わかしさ。和菓子ふたつ、みっつ、ほおばるのちに、あさく、ふかく刻まれた、なめらかなしわへ礼をつたえる。かかさま、おばさま、みとどけてくださったのね。ぼくはじきに杖をつくり、あらたな持ちてを探します。それまでは、とびらの鈴にここちよさを感じながら、めをひらいて、おはなししましょう。あす、とびきりとろけるマーマレードをあけますから、こころはずませてね。マイ、レディ。かがやかしい、きたる日へ。こもるこえと、みどりゆたかな、そのさきへ。

11/1/2025, 11:16:06 PM

朝霧のたなびくころ。あん雲はたてこみ、からすはすずめをつつく。家のまむかいには道路をはさんでおり、午前4時にかけて活発にはしりゆく車輪を、透ける硝子ごしに仄白くあかるんだ背景とあわさり、ながめた。銀木犀の群生地とは、はなれてはいるが、清涼とあまみをふくませた、こうごうしくない香りの美容液を、てのひらの甲へしみこませる。窓のほうをみやれば、花瓶に挿したつぼみの仔はいっこうに咲かずじまいと、起床のたびに入れ替える所作に、肩のちからをほんのすこしゆるめた。乳白のつくえに、ひゅる、と尾をまるめた糸がちらばっていて、換気をわすれていたことに気づく。はたらき、えみ、去り、のぼり、くだる、くりかえし。窮屈だとはおもわない。けれどふと、ふところにしのばせた傷みに、うずく。よみきれておらず、つまれるばかりの本のやまへ、ゆびを滑らせる。みじかにありながらふれられない、ままならなさ。ふかくふかく、呼吸を肺へとうながす。音楽、文学、鑑賞、いろどるさまざまな斑紋はゆたかさを与えるのにたいして、こころはうつろうままに、癒せずにいた。すんでのところに、喉ぼとけに骨がささり、いえずにいる。それはあなたとて、おなじくあじわうにがみなのだと、いい聞かせて。15°Cのひややかさに、おもわず毛布のぬくもりへかえりたくなる。わずかな葛藤をへて、衣服に、袖にとおしてゆく。きょうは、たびにでる。かぜを、しんせんなくうきを感じていたかった。きっと、こごえない。暁のみえないときのこと。