『故人図書館、ご来館ありがとうございました。』
「司書さん、僕今冬休みなんだ。だからたまに来てもいいかな?」
『それはどうでしょうか。ここは、貴方様の過去が途絶えかけた時のみ、訪れる事が出来るのです。』
「過去が途絶える?」
『死への願望が頂点に達した時の事を指します。』
「じゃあ、暫くは来れそうにないや。」
『それでは、私は気長に貴方様の物語を待ちましょう。』
『冬休み…ですか。もうそんな時期だったのですね。』
壁に掛かったカレンダーは、七月のままだった。そういえば、最後に休んだのはいつ頃だったか。確か、去年のこの時期だったはず。
『私も休暇を頂きましょうか。』
図書館の扉のベルが鳴る。さて、どんな死にたがりでしょうかね。
『やぁ、久しいですね。』
『おやおや、これは。私に故人図書館をくださった神様ではないですか。』
『ここの噂は、天界でも聞くほどですよ。頑張っているようで感心ですね。』
『ありがとうございます。』
『そんな貴方に、冬休みを差し上げます。』
『丁度休暇を欲していた頃ですよ。有難く頂きます。』
『それでは、今日から休暇を楽しんで下さい。…そうそう、生人図書館を知っていますか?』
『えぇもちろん。貴重な同業者ですから。』
『彼にも休みを差し上げようと思ったのですが、施しは要らねぇと言われてしまいました。』
『それは、なかなかの方ですね。』
『彼は去年までは貴方同様休みを取っていたのですが、今年は要らないそうです。仕事が楽しくなってきたのですね。それで、貴方はどうするんでしたっけ?』
『私も今年は働く事に致します。』
あの神様、わざと彼の情報を話したな。別に彼に興味はない。死にたがりの悩める方々にも何とも思わない。只あの神様に馬鹿にされた気がしただけだ。生前から変わらず、私はどうも負けず嫌いらしい。性格は死んでも曲がらないのか。決めてしまったものは仕方ない。さて、頑張りますかね。
『本日も、故人図書館は貴方様の物語をお待ちします。』
冬季はココアを用意して、お待ちします。
『ようこそ、生人図書館へ。』
「こんばんわ。」
『聖夜の祭りも終わり、街は少し寂しげだな。』
「そうですね。」
『お前さんは誰かと過ごしたのかい?』
「過ごす、予定でした。」
『お、何かありそうだな。』
「一緒にクリパしようって約束していた友達にドタキャンされました。」
『それはウゼェな。』
「ですよね。それも理由が彼女が出来たからですよ。その事で喧嘩してしまいました。」
『ったく。最近のガキは血の気が多いねぇ。聖夜に喧嘩なんてするもんじゃねぇぜ。』
「御尤もです。…司書さん。何故皆変わっていってしまうんでしょうか。」
『そりゃあ皆人間だからな。誰でも、お前でも変わっていんだよ。気づかないだけでな。』
「そうですかね。」
『逆に変わらねぇ奴が居たら、惨めで見てられねぇだろ?でも、お前はちゃんと見てんだ。』
「なるほど。」
『安心しろ。誰もお前さんを置いて行ってないさ。』
「そうだと嬉しいです。司書さんって見た目に反して真面目なんですね。」
『よく言われる。』
『変わらないものはない。それなのに人間ってのは、どうして不変を好むんだろうな。』
『本日も、お前さんの未来が進む様を見届けよう。』
『さて、もうすぐ俺達にも休みが来る頃か。』
「うるせーな。」
無駄にうるさい音楽、無駄に明るい装飾、全部消えろ。
「今まで、ありがとう。」
そう言って彼女は、俺から離れた。去年のクリスマスイブの夜の時だった。あれからもう一年。
「今年はくりぼっちか。」
街を歩くカップルを見て、ふとそう思った。別に友達と過ごせばいいのに、何故か元カノを思い出してしまう。自分の事ながら、情けない。
「どこもかしこも、浮かれてんな。」
どの店も着飾っていて、眩しかった。しかし、一店だけ何の装飾もされていない店があった。この時期には珍しいと思い、少し中を覗いた。店内は、花で溢れていた。冬にもこんなに沢山咲くんだなと思った。
「誰かにプレゼントでもお探しですか?」
いきなり声を掛けられ驚いたが、店員はにこやかに笑っているだけだった。名札を見る限り、店長か。
「いえ、別に。少し気になったもので。」
「そうでしたか。これは失礼しました。」
「綺麗ですね。」
「クリスマスの装飾には負けてしまいますけどね。」
「全然そんな事は無いです。」
「大切な人に送って差し上げてはどうです?」
「いませんよ。そんな人。」
「それは残念です。」
店長は、手に持っていた如雨露で花に水をあげていた。
「やっぱりください。お花。」
さっき買った花を手に、彼女に会いに行く事にした。怖かったけど、このままで終わりたくないと思った。
「久しぶり。」
彼女は無言のままだ。なので俺は、手に持っている花束を差し出した。
「これ、さっき買ったんだ。君によく似合う、綺麗な花でしょ。」
彼女は無言のままだ。それもそうだ。彼女はもう居ないのだから。俺は彼女の墓に触れ、涙を流した。
「また会いに来るよ。今度は違う花を持って。」
彼女の墓の前には、バラの花束を置いた。その花は、イブの夜には地味すぎるけど、世界で一番綺麗だった。
「約束だよ。」
アイツの優しさで、俺の心は溶けていく。
「兄を見習いなさい。」「双子のくせに。」
小さい頃から散々言われてきた。双子の兄は優秀で、弟の俺は劣等。兄は人気者だけど、俺は苛められっ子。そんな正反対の双子が俺たちだった。当然、両親は兄を可愛がった。そして俺には、いつだって呆れた眼差しを向けた。いつまで、続くんだろう。きっとこれからも変わらない。漠然とそう思っていたが終わりは近かったらしい。
兄が交通事故に遭い、亡くなった。
兄が亡くなってからは、両親は喋らなくなった。それもそうだ。愛息子がもう還らないのだ。俺としては、幸いだけども。だって、文句を言われなくなったのだから。
「やっとお前の呪縛から解放されたよ。」
ふと兄の部屋に入っては、そんな憎まれ口を吐いた。誰も聞いてはいない、そう思っていたのに、返事が来た。
『僕の呪縛って、まだ厨二病治ってないの?』
懐かしい声だった。俺と同じ生意気な言葉だった。振り返ると兄がベットに腰掛けていた。
『お父さん達は元気?』
「…死体みたいだよ。毎日毎日。」
『元気そうで良かったよ。』
「用件はそれだけ?なら今すぐあの世に還れ。」
『もう一つだけある。…君は僕の事を恨んでいるかな?』
「当たり前だろ。お前のせいで俺はどれだけ惨めだったか。知らないだろ?人生勝ち組のお兄様はよ。」
『僕はね、君が弟で良かったよ。僕が素で話せるのは君だけだもん。』
何だよそれ。俺の中の憎悪が消えていく。雪解けのように跡形もなく。あれ、何で俺はこんなにコイツが嫌いなんだっけ?別にコイツから嫌な事された事はないのに。
「俺だって、お前が兄貴で良かったよ…。」
不意に口についた言葉。その言葉を聞いた兄は、心底嬉しそうに笑った。
『約束だよ。毎年冬は一緒に過ごそう。』
「何で冬限定なんだよ。」
『だって、冬は僕達の誕生日があるでしょ。それに毎日会ってたら、感動も何もないよ。僕達には、この距離感が丁度良いと思うんだ。』
「分かった。冬だけは、お前に構ってやるよ。」
「もう駄目かもな〜。」
そう言葉にした時、目眩が私を襲った。
「貴方なら出来るわ。頑張って。」
母は、期待に満ちた眼を私に向けた。出来るって、決めつけないでよ。そんな文句を飲み込んだ。
「うん。頑張るよ。」
笑顔を貼り付けて、我慢する自分。気持ち悪い。
「常に一番でいなさい。」
父は、全てを知っているかのように言った。順位なんていう、他人の評価を押し付けないでよ。そんな泣き言を心の奥に閉まった。
「分かってるよ。任せて。」
身ぶり手ぶりで戯ける自分。吐きそうだ。
「糞っ垂れが。」
誰も居ない錆びた公園。その上にある展望台。ここは滅多に人が来ないので、愚痴るのに最適だ。
「自分が出来ない事を、自分のガキに押し付けるなよ。」
空の青さに目を瞑る。
「もう駄目かもな〜。」
視界がグラつく。ご飯を食べた後に激しい運動をするような、臓器が全部上下するような吐き気。風邪を拗らせたような怠さ。もう、疲れた。
他人に心配されるまでは、頑張れ。昔から父が言っていた言葉だ。私はこの言葉が嫌いだ。だって、誰しも心配してくれるような人が居るとは限らないし。隠すのが上手い人だって居る。きっと、自分だけなんだ。自分を心配できるのも、自分を理解できるのも。
「世知辛いな〜。」
寝床でそう思い耽った。