「私は、間違っていたのでしょうか?」
誰か教えて。彼への愛は罪だったのですか?
「何故、殺人なんて馬鹿な真似をしたんだ?」
警察署の取調室で、若い男の警官が私に問いた。その瞳があまりにも真っ直ぐで、嘘をつく気が起きない。
「愛していたからです。」
警官の顔が白くなる。それでも、私は続けた。
私が愛した彼は、神様でした。光は彼を照らすためだけに存在しているのだと知りました。でも、彼は変わってしまった。落ちぶれて、闇こそが彼の生きる世界になったのです。それが私には耐えられなかった。
「だから、殺したのです。」
沈黙の取調室。暫くして先に声を出したのは私だった。
「私は、間違っていたのでしょうか?私の愛は罪なのでしょうか?」
警官は少し考えた素振りをして、ゆっくりと口を開いた。
「アンタは何も間違っていない。光を守る為に自ら闇となったアンタを、俺は尊敬するよ。」
警官は酷く真っ直ぐな瞳で、私を見つめた。そして、言葉を続けた。
「光っていうのは、曲がりやすいんだよ。でも確実に、誰かのもとには届く。どんなに消えそうでも、道が曲がっていても、光は光のままなんだ。だから、アンタの愛した男は、今でも光のままだ。」
涙が止まらなかった。顔を上に向けても、涙は溢れ続ける。あぁ、彼も光の住人だ。
警官が言った言葉を振り返り、やはり私のした事は間違いだと思った。光が消えたと思い込み、何も許せなかった自分を恨む。だが、願い事が出来た。あの警官がいつまでも光の回廊を歩める様にと、星に願った。
「…おはよ。今日の空は何色かな?灰色だといいな。」
誰も居ない部屋に落ちる言葉。僕の心は死んだままだ。
「君は酷く退屈しているようだね。」
バイト先の喫茶店、店長にいきなり言われた言葉。
「…不真面目って事っすか?」
「あぁ、違うよ。ただ何となく、そう思っただけだよ。」
店長は少し変わっている。いつも無表情で何を考えているのか一向に読めない。
「何か趣味とかはないの?好きな事とか。」
「…店長、お客が居ないからって雑談し過ぎでは?」
「いいよ。どうせ今日も誰も来ないしさ。」
人通りから外れた場所にあるからか、店はいつも閑古鳥が鳴いていた。店長が宣伝しないからな気もするが。
「趣味も好きな事も、ないです。」
僕の言葉に、店長が少し寂しそうに見えた。そして少しして口を開いた。
「僕の母校で、明日絵の展覧会があるらしい。見て来るといい。入場料はもちろん僕が出すよ。」
絵、か。興味もないが、店長は言ったら聞かない節があるからな。
「分かりました。明日行ってみます。」
僕がそう答えると、店長は少し微笑んだ。この人の表情がこんなに動いているのを初めて見た。
次の日、僕は店長の母校に居た。興味は湧かない。ふと考える。僕はいつからこんなにも無気力になってしまったのか。両親が離婚した時か。クラスメイトに虐め始めた時か。それとも、初恋を目の前で奪われた時か。どれも違うようで、どれもが当てはまっているようだった。でも一つ言えるのは、どんな時でも僕の心は生きていた。じゃあ、どうして、今僕の心は死んでいるの?
「…もう帰ろう。」
そう思った時、一枚の絵が目を刺した。初めて見た絵なのに懐かしさを感じた。くすんだ色なのに、どこか清々しさが残る。僕は初めて泣きじゃくった日を思い出した。そうだ、あの日だ。泣いても変わらないと知って僕が大人になった日に、僕の心は死んだんだ。
「…あれ?何で僕、…泣いてるんだ?」
涙は止まらない。でも心地良い。心の深呼吸の音が聞こえる。なんだ、僕の心はまだ生きているようだ。
「わぁ!お人形さんみたい!」
どこから聞こえる称賛。そう、私は世界一綺麗なのだ!
「うわぁ。ブスが近づくな。」
三年前までの私は、自他ともに認める醜さを持っていた。しかし、気にしないように生きてきた。高校に入るまでは。高校のクラスメイトは、私を嘲笑い罵った。
「恨むんなら、そんな顔に産んだ親を恨めよ。」
彼女達が言ったように、私は親を恨んだ。それでも変わらない現実に、吐き気がした。いつの間にか、私は学校を退学していた。
高校を退学してから、私は必死に稼いだ。そして整形をした。辛いダウンタイムを乗り越え、ついに理想の自分になれた。何もせずとも避けられた昔とは違う。皆が私の周りに集まった。そして私の美貌に感嘆した。もちろん、私の過去を知っている人は少なくない。だが好き好んで私に絡んでくる人は居ない。居たとしても中指を立ててやるだけだ。
「親から貰ったものなんだから、大切にしなよ。」
うるせぇよ。こちとら親から貰った命を大切にするために顔を犠牲にしてんだよ。
「整形なんて甘えだよ。ちゃんと努力したの?」
努力してどうにかなるのは元の良い奴だけなんだよ。
「ブスは一生ブスのまま。」
今の私を見て、もう一度言ってご覧。
私は今の自分が大好き。でも昔の自分も嫌いじゃない。だから、箱の中にしまっておくんだ。誰にも開けさせない、誰にも触れさせない。私の秘密の箱。
「秘密、だよ。」
「それってまるで、呪いだね。」
うるさい、うるさい、うるさい。
「シンデレラってさー。」
友達が話し始めた。私は笑顔で聞く。
「魔法でドレスアップされた美しい姿。普段のボロボロな姿。どっちが本当の姿なんだろうね。」
「そんなの魔法で変身した姿でしょ。」
内面の美しさが評価され、それに見合った姿になったんだ。つまり前者に決まってる。この世界は内面が醜ければ何も与えられないのだ。
「それがどうしたの?」
「君は、本当の自分に気付いてる?」
「…は?」
私の顔から、笑みが引くのを感じた。
「君を見て思うんだ。内面を磨きすぎて、すり減ってるんじゃないかって。」
「アンタに、何が分かるってのよ。私は、!」
内面の美しい、おとぎ話のお姫様でいないといけないの。じゃないと、誰も私を探してくれない。母親にも見捨てられてしまう。
「…私は、愛されたいの…。」
私は泣いていた。
「それが君の思う愛か。それってまるで、呪いだね。」
「うるさい!無償の愛を貰って生きてきたくせに、私の何を語ろうってのよ!」
もう、取り繕う事も出来ない。叫ぶ様に出た言葉を聞いて、彼は心底嬉しそうに笑った。
「…やっと、本当の君に出会えたよ。」
私の中の怒りは、水を掛けられた様に消えていた。その代わりに、涙は加速していった。
「君の呪い、分けてよ。君になら僕は呪われても良い。」
時計の針が重なって、深夜を告げる鐘が鳴る。魔法が解けても、この呪いは解けない様にと願った。彼を縛ってしまう呪いだったとしても。
「僕は彼女を愛していました。」
これは僕が、最愛の人を殺した話。
「話を聴いてくださいますか?」
山の中にある小さな教会。目の前にあるステンドグラスから光が漏れ、外からは蝉の鳴き声が聞こえる。長椅子が並び、人は僕しか居ない。だから、僕の話を聴く者は誰も居ない。それでも、僕は話し始めた。
4月、僕の横に光が現れた。
「これからよろしくね。」
高校生になり、初めてのクラスで出来た友達でした。騒がしい教室で、彼女の声だけが鮮明に響いているようでした。
5月、光の中の影を知った。
「私、病気なんだって。もう長くないの。」
僕の両親は大きな病院を営んでいます。そこで、彼女に遭遇しました。彼女は照れ臭そうに涙を流していました。僕は彼女の手助けをしたいと思いました。初めて出来た友達だったから。
6月、僕は愛を知った。
「ありがとう。私も、君が好きだよ。」
僕の告白に彼女は喜んでくれました。それと同時に、悲しそうな顔をしました。長く持たない命で、僕の時間を奪ってはいけないと考えたのでしょう。
7月、彼女は死んだ。
「最後に、お願いがあるの。」
彼女は、僕にそう言いました。僕はその願いを聞き入れました。いつ死ぬか分からぬ恐怖に、いつまでも怯え続けたくないという彼女の願いを。
そう、彼女の願いは、
「私を君の手で、楽にして。」
「僕は彼女を愛していました。だからこそ、彼女を殺したのです。」
僕はここまで話し終え、教会を後にした。もう7月も終わる。まだ僕は捕まっていない。何故教会であんな話をしたのか分からない。誰かに聞かれれば、捕まってしまうのに。でも、多分疲れているんだ。もう、辞めにしよう。
8月、君に会いたい。
「君だけを、愛しているよ。」
僕は彼女に会いに逝く事にしました。
これは僕が、最愛の人を殺し、会いに逝くまでの話。