「星を見に行こう。」
ジルが提案する。
唐突なことだった。
しかし彼がすることはいつも唐突なので、それを咎める者はもうこの組織にはいない。
「どこへ?」
興味を持たない声色でルクスが尋ねる。
彼は机を挟んでジャックと今週の報酬金15%を賭け勝負をしている最中で、ジルの話を本気で聞くのは毛頭ない。
すべて分かっているように駒を動かすと、ジャックの方が小さく唸った。
しかしジルは続けた。
「この街の海手側にある丘だよ。前の依頼人が言ってた、赤い星が見えるって噂の場所。」
「はあ?お前、そんな話信じてるの?」
そう呆れ声を上げたのはレイチェルで、訝しむように瞼を歪めては
「今からカレーを美味しく作る術を伝授します。」
エプロンを付けた満花は、人差し指を立ててそう言った。
芝居がかった声色に恭介は笑いを堪えると、数回乾いた拍手をお見舞いする。
カレーの作り方を教えると言ったのは、数日前の満花の方だ。
ちょうど二人とも空いていた土曜日の午後三時。
普段は満花しか立たないキッチンで、机の上には人参やじゃがいもや豚こまやカレールーが広がっている。
「まず、料理をする前に最初にすべきことはなんでしょう?」
「すべての食材にありがとうを伝える。」
「ちがっ……わないけど、もっと現実的方針で。」
分かりやすく眉間にシワを寄せる満花の様子が面白くて、恭介は口の中いっぱいに空気を溜めることでしか吹き出すことを抑えられなかった。
「春みたいな頭。」
紫煙に包まれてぼやけた視界の中、御崎さんは皮肉たらしくそれを口にした。
眼の前にいる私に向けられて発せられたもの。
ひどく蔑む、あるいは見下すような声色であることは、観察に疎い私でもよく分かる。
「桜が満開の様子を、頭の中がお花畑と例えたのでしょうか。」
「まあ、それもある。これトリプルミーニングだから。」
「残り2つは?」
「考えてみなって。初めから答えを求めんのは、社会人として良くない姿勢だ。僕が矯正してあげないと。」
貴方だって、それほど褒められたエチケットを持っていないだろうに。
優秀な成績に胡座をかいていることは日々感じる。
表上はニコニコしていたって、上からも下からもそれほど慕われていないことをこの人は知っているのだろうか。
「……あ。入学式のようにおめでたい頭?」
「お、いいねそれ。クアドラプルミーニングだ。」
聞き慣れない言葉に顔をしかめる。
「なんですか、それ。」
「知らない?トリプルの次。4って意味の。」
「初めて聞きましたよ。」
確信があった。
幼馴染の結華は、近いうちにあたしの手の届かない遠いところに行ってしまうって。
彼女は大衆が見放さないような才能を持っていたから。
美しい目、人を惹きつける言葉選びと、繊細な動きを見せる手先と頭の中。
そのような状況を未来は明るいと呼ぶけれど、まさにその通りで、彼女の足元は既にスポットライトで照らされるように光源を保っていた。
もう少しで、きっと偉い人に探し出されて、その手を取って行ってしまう。
それをあたしは止めることはできない。
だって馬鹿だもん。
「あーあ、あたしも頭が良かったらな!」
「チェル、これあげる。」
「なにこれ。」
渡された紙袋を様々な角度から観察するレイチェルに、ジルはにこにこと嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「開けていいよ。」
紙袋は縦横40cmほど、上からは箱が見えるだけで何が入っているのかを特定できない。
いたずら好きなジルだ。
嫌がらせなのでは、と瞬時に訝しんでみたが、ジルが悪い事をするときはそれを隠そうと真顔になるので、おそらくもっと別のなにかだろう。
彼はずっとレイチェルが紙袋の中身に触れるのを待っている。
「……変なものだったらぶっとばすから。」
「いいよ!」
箱を取り出し、ラベルを剥がして蓋を開けた。
「うわ。」
「綺麗でしょ?」
「なにこれ。」
「見たまんまじゃん、ハイヒール。」
ぱっきりとした赤色、心臓から少し外れた肩を突くような鋭いかかと。
まるで女を象徴するかのような研ぎ澄まされた出で立ちに、レイチェルは顔をしかめる。
巡り合わせてこなかったものだ。
「おれからプレゼント。」
「ヒールなんて似合わない。履いたこともない。」
「似合うよ。好きな女の子には可愛いもの身につけててほしいから。」
「お前の好きは恋愛じゃないだろ。軽率にその言葉を使わないで。」
〈レイチェル〉
つんとした女の子。あんまり女の子らしいものが好きではなく、男前。
〈ジル〉
無邪気な男の子。何かとレイチェルに構うけどかわされがち。