降り積もる想い
普通は恋心とかだよね
そのほうが綺麗だし可愛い
今の私は旦那がいるから
そんなのは過ぎた
けれどその代わり
旦那じゃなく他人に疑問と社会への
理不尽さが降り積もる
私は空気を読みすぎるせいか
まぁ結論気にするなで片付けられようとする
我儘な人はそういう人だからと片づけられるのが
最近納得いかない
じゃあそれに合わせてやれと言わんばかり
それが当たり前になる会社が納得いかない
機嫌悪い日はほっとけって
なんだそれってなる
じゃあ同じように私がその人にしたら
会社の雰囲気が悪くなるから
やめてくれと言われた
その人は合わせられない人だけど
あなたはは合わせられるでしょ?
いやいや、私だって無理
そんな疑問が降り積もるばかり
この話を聞いて
じゃあ辞めればいいってなる人もいるだろう
じゃあ私がやめて次同じ疑問な人が入ってきたら
同じ繰り返しをするの?
って話だよね
私はそんな人を増やしたくない
時を結ぶリボン
時を結ぶリボンは
どんなリボン?
私は親子関係しか思いつかない
子はずっと繋がってると思っている
親が亡くなるまで
けど親は子が結婚したら切れると思っている
私の母は高校2年生で亡くなったから
私はそっから切れたと思っている
けれど母が今生きていたら私はまだ結ばれていると
思っていたと思う
でも私の娘が結婚したら
私は切れたと思うと思う
きっと母も生きていれば
そう思っただろう
でも娘に子供ができたら
娘が子供と親と繋がっていると思っている
けれどその子供が結婚したら
切れてしまったと思うだろう
そこが不思議だ
親はなぜ子供が結婚したら
切れてしまったと思うのか
親子関係が切れてしまうわけではなく
子育てが終わったように感じるからだと私は思う
結婚しても
もちろん心配だ
体調は崩してないだろうか
元気だろうか
子育てで疲れていないだろうか
親子は切れないけれど
子育てのリボンを切り
次はあなたの番よと親は切る
そうしなきゃ子が次に安心して進めないから
でも子は自分のリボンは切らない
だって母も大切だ
切りたくない
親になればわかると親はいうけれど
それはそういうことじゃないかな
手のひらの贈り物
私が思う手のひらの贈り物は
まず親からだ
ちゃんと手がある足がある
それだけでもすごいこと
手があるおかげで自分の娘を抱けた
これが1番幸せな贈り物だと私は思う
手があるおかげで色んなことができる
手のひらになにかあるではなく
手があることに感謝
心の片隅で
心の片隅に入れすぎて
溢れかえった
溢れてから気づく
心は無限ではない
無限だと思っていた
片隅にしまっておけば大丈夫
心は壊れない
それを繰り返し
ついに容量が超え
心が壊れた
消去してもまた次から次へと増えていく
容量がすでにいっぱいだから
消しても消しても溢れてしまう
心の片隅に入れるものじゃない
心はだしたほうがいい
そうしないと壊れちゃうよ
私みたいに
雪の静寂
静まり返った夜
雪が深々と降る
って…
全然良くないよ?
朝起きたらそれ雪かきだよ?
静寂ってことは風もなくまっすぐ降ってるよね?
雪国には地獄だよ?
なーんて
そんな現実なんて面白くもないよね
けどそれが事実
さて、雪かきのために
早く寝て早く起きますか
ってなるわけ
正社員で働いて
家事もして
子育てもして
更に雪!?
勘弁してよ…