《泡になりたい》
夜明け前の湖は鏡のように静まり
風も 鳥も 息をひそめる
ひとつ、泡が生まれる
深い水底から、誰かの願いを纏って
きみは微笑む
「綺麗だね」
でも…その声は、どこか震えていた
触れれば壊れるその小さな命に
なぜか、胸が軋んだのは
記憶にないはずの痛みのせいだろうか
ある朝指先が濡れていた
ある夜名前を呼ばれた気がした
気づけば同じ夢を繰り返していた
泡が浮かぶたびに減っていくのは
水でも時間でもなく
──数えきれない「誰か」の痕跡
それでも泡は今日も生まれる
何も語らずただ儚く…消えてゆく
──泡になりたい
そう願ったのは…ほんとうは
君じゃなかったのかもしれない。
《ただいま、夏》
夏になると
死んだはずの君が
僕の前を、ふいに通りすぎる
下半身は透けて影も落とさない
それでも確かに君はそこにいた
最初は戸惑いながらも
風鈴にまぎれた声に耳を澄ませ
夕焼けに染まる君の笑みを見た
どんな姿になっても
もう一度君と話せることが
ただ、うれしくてたまらなかった
冷めた麦茶
空のままの椅子
蝉の声が忘れられぬ日々を照らし続ける
「やりたいことまだ終わってないんだ」
そう言って
君は照れくさそうに笑った
戻れないことは知っているけれど
僕は願う
この夏を君と
この旅を君と
終わらせたいと
消えぬ思いを君と重ねたい
たとえそれが
命をかける旅でも
「ありがとう、私と出会ってくれて」
そう言われて
僕は目を逸らした
胸の奥締めつける痛みを
隠すようにそらした視線
ああ、君には叶わないよ
僕はまだ
この世界で儚く生きていくだけ…
君の影は遠く
夏の風に揺れて消えた
それでも僕は君を探し続ける
今度こそ言うんだ
ずっと好きだったって
そしてこれからも
言葉にしなきゃ
胸の奥がざわついて
君に届く気がしないから
あの日の夏が
二度と戻らなくても
僕の想いは消えないまま
本当にこの世界から
彼女が消えてしまったら
そう考えるだけで
生きている心地がしなくなる
今はただ
彼女の残した願いを
そっと紡ぐ日々
それが終われば
彼女も静かに旅立つ
…いいのかな、これで、
最後に恋した人が君でよかった。
<ぬるい炭酸と無口な君>
放課後の教室
制服のままの僕らは
ゆらり揺れるカーテンの隙間から
遠く響く部活の声に耳を澄ませていた
夕焼けが窓を朱に染めて
君の横顔が少し翳りを帯びる
他のクラスメイトには
「うん」「まあね」くらいしか言わない君が
僕にはぽつりぽつりと
日々のことを話してくれる
「ねえ、これ…もう炭酸抜けてるよ」
笑いながら差し出した缶を見て
君は肩をすくめた
「うるさいな、炭酸嫌いなの。間違えて買っただけ」
「じゃあ、もらっていい?僕、好きだから」
そのとき、ふたりの笑い声が
教室にふわりと溶けた
言葉は多くなくても
心は確かに触れ合っていて
でも、どこかで分かっていた
こんな時間がずっと続かないことも
「夏、終わるね」
ふと、君がそうつぶやいたとき
僕は返事を飲み込んだ
高校最後の夏
制服のまま過ごした放課後の記憶は
これからの僕を
何度も立ち止まらせるだろう
でも君の笑顔だけは
まだこの胸で
静かに泡立っている
虹の始まりを探して
虹を見つけた朝
君と笑って走り出した
心が跳ねて
夢が膨らんで
「きっと、いいことがある」って思えた
でも──
たどり着いた虹の終わり
そこに君はいなかった
光は消えて
夢はなくて
残ったのは
静かな風と切なさだけ
『小さな愛』
「じゃあね」って笑った声が
雨にまぎれて消えた夕暮れ
となりにいられる理由が
恋じゃなかったこと
ずっと気づいてた
好きだった
でも
きみの世界に
わたしはいなかった